Long Story

ハートの欠片 No.11

「素直、か」
 聞かれない程度に呟き、麦茶で喉を潤した。
「……難しいよ」
「何で?」
「何でって」
 言葉そのままに返すと、十六夜は片膝を立てて座りなおした。無言で見つめてくる目は、あたしに理由を求める。
 素直になれば良いということは、正直に答えて欲しいんだろう。嘘をついたところで利点もない。短く、簡潔に答える。
「簡単じゃないから」
 今の自分と照らし合わせても間違いなく言い切れる。素直になるのは難しい、と。
 あたしの回答を聞いた十六夜は、ひと差し指でリズムを取っていた。とんとん、と軽い振動がシートを介して足に届くと、透明度の高い視線とあたしの視線が静かに重なった。目をふち取る睫毛が瞬き、十六夜は真理を放つ。
「自分と人の意見が違うのが嫌なのか?」
 息を飲んだ。
 何ひとつ、反論が浮かばない。それどころか動揺さえしている。
 そう……なのかな。
 返答に困っていると、足をほどいた十六夜があたしに近づき、眉間を人差し指で突いてきた。
「何すんの!」
 抗議もどこ吹く風。互いの膝がぎりぎり触れない位置に腰を下ろし、あたしの顔を下から覗く。
「人と人の意見がぴったり合うって、限りなく少ないぞ?」
「え?」
「人の気持ちや意見がわからないのは当たり前。何せ、同じ環境で暮らして同じもの食べたって、意見は変わってくるんだからな」
「…………」
「だから、素直になって良いんだよ。その分、自分とは違う相手を理解しようとしてやれば良い。わからなくても良いから考えてやれば良い」
 姿勢を正し、柔らかく笑った。
「それが、学ぶということだ」
 ――この時はじめて。十六夜が担ぐ『叡智』という感情を、理解した。理解しきれていなかったものが、ああ、そういうことなんだな、と腑に落ちた。
 十六夜は相手の言葉に耳を傾けて、くまなく観察する。それが知るということであり、受け止めるということ。
 叡智は似合わないと思ったけれど、十六夜以上に相応しい人はいないんじゃないだろうか。
 胸が、どきどきする。それなのに、清々しい気持ちに満たされた。
「……そんなもんか」
 これこそ、あたしの素直な気持ち。伝えたい言葉ではないけれど、正直な今の気持ち。
「そんなもん、そんなもん」
 十六夜も感じてくれたのか、機嫌良さそうに頷いてくれた。
 携帯があたしを呼びつけたのは、その直後のこと。顔を合わせて、へへっと笑い合った時だった。


「凄かったね……打ち上げ花火ってあんなに大きかったんだね」
 終わった感動をそのまま表現した。まだ興奮は収まらない。
 あの後、撫子や邪羅さんと合流し、花火の時間まで雑談をしたりトランプをしたりして時間を過ごした。もちろん、たこやきや焼きそば、フランクフルトなどの救援物資に舌鼓を打ちながらでもある。
 六時になっても空が明るく、少し不安になったりもしたけれど、徐々に暗くなる景色を眺めながら過ごす時間は格別だった。
 そして、七時。
 携帯のデジタル時計を見ながら、あたしと撫子はカウントダウン。ゼロ! と重なる声と同時――夜空の半分を埋め尽くす大きな大きな花が咲く。
 直後、その大きさに負けないパンチのきいた破裂音が、肌を痺れさせた。
 会場では歓声が沸き上がり拍手が響きわたる中、あたしと撫子は手を取り合いながら感極まってキャアキャア言っていた。
 写真に残そうと必死に撮ったけれど、携帯の小さな画面に残す花火は、同じようにとても小さくて。迫力や火薬の匂い、周りの熱気……あたしが閉じ込めておきたかったものは、そこには入らなかった。
 形に残すことを諦めて、その世界にひたすら入り込む。大会の終了を告げる、今日一番の花火が上がるまで、顔を他に向けることなく空を見上げ続けた。
 素肌と網膜に残る余韻を噛み締めたまま、駅に向かう人の波に乗り……現在に至る。
「来年もまた来ようね」
 満員電車状態の中、目前を歩く人との距離に注意を払いながら撫子は微笑んだ。彼女のかばんを掴んではぐれないようにしていたあたしは、自分のところまで飛んできた煙を思い起こす。
「次はもっと大人数にしたいね。学校のみんなも誘おうよ」
「……だってさ蘇芳。あんただけお払い箱だね」
 撫子は真後ろで自分たちをマークしている十六夜に振り返る。白い歯を見せて意地悪そうに笑った。
「なんで俺が除外されるんだよ。学校のやつらを誘うなら、仲間はずれになるのは邪羅だろ」
 口を尖らせて文句を言う十六夜は、邪羅さんに白羽の矢を立てたのだけど反応がない。背後をちらりと見ると、薄暗い明かりに浮かぶ虚ろな顔が見えた。

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