Long Story

ハートの欠片 No.15

 チャッカマンでやる気満々だった十六夜も、意図を汲み取ってくれたらしい。あたしに倣ってしゃがみ込んだ。ふたりの膝を、柔らかなオレンジの光が照らす。
「線香花火、知ってる?」
「知識では知ってるけど……ほら、花火は見るのもやるのもはじめてだからさ」
 愚問だった。
 頷くことさえできず、黙ったまま一本、火をつけた。
「線香花火はね、火の玉が落ちやすいの」
 震えるような振動が肌に伝わり、雫の形をした火の玉が瞬く間に丸くなる。
「だから……最後まで落とさない人が勝ち」
 繊細な音に合わせて、絞った声でルールを語る。たんぽぽの綿毛に似た火花が、線を伴って小さく爆ぜた。広がり、変わる火花を静かに見守る。
 実は、最後まで落とさずにいられた経験がない。今日も経験通り、火花の種類が変わった瞬間、ぽとんと落としてしまった。
「あー……やっぱだめだった」
「じゃ、俺も」
 十六夜は、紐の真ん中を持ちながらそっと火に近づけた。たぶん揺らさずに持ち堪えようって作戦だと思う。眉根を寄せて、移ろいゆく火花をじっと見つめていた。
「線香花火って感触も違うんだな。なんか……プルプルする」
「うん。そうだね」
 パチ、と一筋咲いた。
「俺、他の花火は派手に光れって思うけど、線香花火にはこれ以上求められないかな」
「何それ」
 後に続けと花火が次々咲いていく。
「これ以上光ると、雰囲気が台なしになりそう」
「あたしは……ちょっと弱すぎる気もするけど」
「ん?」
 聞き返す十六夜があたしを見たもんだから、反動に耐えきれずに火が落ちる。名残惜しそうに光を失う火玉を見ていると……どうしてか、今の自分と重なって見えた。
「線香花火って弱いよね。もうちょっと耐えられたらいいのにね」
「耐える?」
「きっと、自分で落ちるの怖いって思いながら光ってる。勝手に震えて……勝手に落ちる」
 二本目を手に取って種火に近づけた。
「それにね、線香花火って花火の締めにやるの。これが終わったら後は帰るだけ」
「確かに、これで最後だもんな」
「だから終わりのイメージが強いの」
 爆ぜる音。虫の声。そよぐ風に、踊る木の葉。些細な物音がやけに大きく、耳に響く。
 神経に侵入して感情を揺さぶると、奥底にしまい込んだ気持ちを呼び起こした。くすぶり続けてきた、向かい合おうとしなかった、痛み。
「……あたし怖い。終わるのが、怖い」
 指先に、臆病な振動が伝わってきた。集中が途切れればわからないような細かい振動。
「全て終わって、ハートと離れて……あたしは普通に戻って」
 視線は花火から一瞬も動かさなかった。
 十六夜も花火を見つめてると感じていたから。同じものを見ていたかった。
「撫子と街で遊んだり、授業中話して先生に怒られたり……そんな毎日が待ってる。でも……」
 火花の質が変わった。パチパチとした音も細くなる。
「でもさ、そこに十六夜はいないんだよ。そんなのヤダよ……あたし」
 普通でいたい、そんな願いと。
 隣にいたい、そんな願い。
 同時には叶うことはない。でも、気持ちが追いつかない。
 現実がせせら笑って先を歩く。置いて行かないで。置いて行かないで。あたしの声はどこにも届かず地に落ちる。一緒に見えるのは、止まったままの情けない足。
 風が光をさらって吹き抜けた。持ち堪えれそうもなく、すぐさま三本目に火をつける。
「十六夜と離れるくらいなら、ずっとハートでいたい」
 そして、こんな関係がずっと続けばいい。普段は撫子と三人でバカやって、戦いになれば力を合わせて乗り越える。ハートが目覚めませんね、なんて邪羅さんが言って、十六夜が笑って場をやり過ごす。
 くだらないことを願う自分へ、最低だと胸の中で毒を吐く。言ってすぐに後悔した。
 伝えたかったのは弱音じゃなくて、十六夜を大切に思う気持ちだった。それなのに、浅ましい考えが突いて出た。彼がどれだけ苦労しているのかも知っているのに、自分の保身がまっ先に浮かんだんだ。
 十六夜はこの気持ちを理解しようとしてくれるだろう。だけど、そんな醜い自分知られたくない。
「ごめん十六夜、わがままだった」
 揺れる心に連動して、三本目は早々に火を落とした。残った紐の部分を手から滑らせ、首を振って彼を見た。火と一緒に、愚かな自分も消し去りたかった。
「忘れて……大丈夫、がんばるから」
 顔をほころばせようとしたけど、頬が笑顔に抵抗した。ちゃんと笑えていないのが推測できる。救いだったのは、暗闇に包まれていること。小さくなった種火では、表情までは読み取れないはずだ。現に十六夜は何も言わない。
 目尻に水分を感じるのは、きっと煙のせい。焦げ臭い香りを吸い込んで、四本目に手を伸ばす。残りは一本。名残惜しくても、無言は耐えきれそうにないので、消えてしまいそうな炎を拾う。すると、
「俺も同じ。いや、俺の方がもっとわがまま」
 黙っていた十六夜が花火を寄せてきた。
「俺が人間を羨ましく思う理由は簡単……ここが好きだからだ。萱の隣も学校の空気も楽し過ぎて、帰るなんて考えたくなかった」

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