Long Story

ハートの欠片 No.19

 場に流れる微妙な空気を察してか、邪羅さんはあたしたちと視線を合わせた後、ごまかすように手を振る。
「申し訳ございません。取り乱しました」
 彼の切れ長の瞳に揺らぐ光が投影された。平然を装っている様子だけど、口元が少しだけ緩んでいる。
 ハートのことは邪羅さんも知っているのに、心を奪われていた。まるで飢えた獣が肉に食らいつくような、そんな獰猛さを垣間見た気がした。
 触れてはならない何か、知ると取り返しのつかない何かがそこにありそうな予感がして、心がかき乱される。
 この光は、一体。
「そういうこと……!」
 いつの間にか距離を取っていた怠惰の、甲高い笑い声が響く。ひとしきり笑うと、眼球をギョロリと動かして邪羅さんを睨みつけた。
「そんな陳腐な芝居して、くだらない。わかったわよ秩序。アンタがどうしてここにいるのか腑に落ちなかったけど、そういうこと!」
 取り憑かれたように再び笑う。
「味方のふりしてハートを狙う……結局、叡智も萱さんも秩序の手のひらで踊ってたってこと? 上手いことやっちゃって」
 怠惰は、笑顔から無表情に戻った邪羅さんを指差した。黙ったまま否定も肯定もしない邪羅さんは、ただ睨み返すだけだった。笑い声も引いて、空気は完全に硬直する。
 さっきの嫌な予感。邪羅さんの目。言動。全てが怠惰の台詞によって肯定されてしまった。呆然と見つめるしかなかった。
 どうして。どうして否定しないの。
 声に出したいのに――怖い。不安に押しつぶされそうで、思わず十六夜の服を握りしめた。その間も光は全身から溢れ続ける。漂う光を辿って、十六夜の顔を伺った瞬間。
「全く……そんな浅い考え方しか思いつかないなんて。さすがは『怠惰』と言ったところでしょうか」 
 固く閉ざされた邪羅さんの口が開かれた。引っ掛かる物言いに、怠惰の声が少し低くなる。
「何が言いたいの」
「僕は光の花を見にきたんです」
 不適に言い切った。槍を握りなおして、切っ先を怠惰へ向ける。
「見にきた? そんな馬鹿らしい理由が通用すると思ってるの?」
 確信を突いていたつもりが、あっさり切り返される。怠惰の顔から焦りが見て取れた。彼女は両手を突き出して雷のような光を生み出し、邪羅さんを狙う。だけど、邪羅さんは槍で一突きするだけで、それを切り伏せた。
「光の花が何たるかはあなたもご存知でしょう? 根源であり元首。そんなハートとの絆を見たいと思う感情が不自然だというなら、一体何が自然だって言うんです」
 目障りですと言い捨て、邪羅さんは大地を蹴る。まっすぐ怠惰に向かって駆け出した。彼女は少し身を引くも、魔法で応戦。槍と魔法の戦いがはじまった。
 光が弾けて槍が荒れ狂う。動揺している怠惰の分が悪いのか、衝突音が次第に遠ざかった。静けさが戻るこの場所に残ったのは、あたしと十六夜だけ。
 発光する手のひらをぼんやり眺める。
 邪羅さんは、十六夜がおかしくなった時も手を取って道を示してくれた。魁に襲われそうになった時も、助けてくれた。
「邪羅さんがここにいるのって、ハートを回収するためじゃないの。違うの?」
 改めて問う。
 正直なところ、ハートを連れ戻すために来たと。本人に聞いたことはなかったけれど、そうだと信じ込んでいた。
「請け負ったのは俺だけだ。邪羅との共同任務なら、予め知らされているはず」
「理由は十六夜も知らないってこと?」
 十六夜は無言で頷いた。
 邪羅さんが光の花と呼ぶ粒子がどんどん浮いて行く。手のひらから抜けて昇り、肩の高さに辿り着いた瞬間、ぴたりと動きを止めた。全ての光が停止して点滅し始める。
 今までと動きが違う。
 理由はすぐにわかった。背中が、その気配をかすかに感じ取ったからだ。
 十六夜の肩を支えにして立ち上がり、圧力の感じる方へ振り向いた。
 暗い瞳。その視線とあたしの視線が静かに重なった。
「……魁」
 光の花が、圧力の中心にいる魁をうっすらと照らしていく。彼を求めるようにふわりふわりと流れて行き、彼の体にまとわりついた。暗い瞳に映り込む光は、自分の目で直接見るよりも綺麗だと思った。
 魁は光を纏わせたまま、剣を振りかぶる。一歩、また一歩と距離を詰めてくる度に、点滅は加速する。
 鼓動も共鳴。点滅に合わせて、どくんどくんと跳ねる。言葉が出ない。
 近づく足音は本来なら恐怖を呼び起こすもの。少なくとも、光の花に包まれていない時はそうだった。だけど、恐怖感を小さく感じてしまうほど、心を埋め尽くす感情があった。
 ――罪悪感。
 あたしは、魁に対して罪悪感を覚えるような出来事に遭遇したことがない。つまり、この罪悪感の元は。
 耳の奥で警笛が鳴る。何か、何かとんでもないことを間違えたまま歩いてきたような、そんな気がする。でないと、罪悪感に説明がつかない。
 乱れた呼吸のまま慌てて記憶を探っていると、
「萱。下がって」
 十六夜の声に遮られる。集中をとくと、杖を唸らせた十六夜が目の前に立っているのがわかった。
 気を抜いちゃだめ。しっかりしないと。
 両頬をはたいて正面を見据える。ピンと張った背中の奥で、黒い影が剣を構えていた。光の花が醸し出す神秘的な光景の中、十六夜と魁は動き出す。
 明るい髪が揺れた直後、空を彩るのは銀の軌跡。荘厳にさえ感じる金属音にあたしの肌が痺れた。一度噛み合った杖と剣が即座に離れると、再び交差する。彼らにまとわりつく光の花が飛び散った。

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