Long Story

ハートの欠片 No.23

 紐状の光が体中を締め上げた。むき出しのひざや服の上、接触する箇所の全てが熱い。逃れようとする指が微動だにせず、抵抗という抵抗が無駄に終わる。
 叫びたくても、首筋には冷たい感触。何があたってるのかは見られないけれど、事態に気づいた十六夜の表情で大体の予想がついた。
「良い顔してるわね叡智。アンタのその表情、好きよ?」
 顔の近くに怠惰の口があるらしく、吐息が頬を撫でた。熱っぽい声からは想像もつかない冷たい吐息に、全身が総毛立つ。足の裏に力が入らず、拘束されている紐によって無理矢理立たされている状態だった。
 十六夜たちも声すらかけられないのか、黙ってこちらを見つめていた。沈黙が地に落ち、重圧が肩にのしかかる。
 油断した。魁に気を取られすぎた。自分のことしか考えていなかった証拠だ。
 後悔したって、もう遅い。
「さて、どうしようかしら。簡単に殺しちゃっても面白くないし」
 怠惰の声が楽しそうに跳ねる。その声色は、新しいおもちゃを手に入れた子供のよう。 
 いや、実際、あたしの体はおもちゃ同然だった。怠惰にとって、おもちゃを壊すこととあたしの命を奪うことは同じくらい簡単なんだろう。なぜなら、怠惰はハートを重要視していないからだ。何かの手違いであたしが死んでも笑って終わる。そんな価値しかない。
 むしろ、最初からあたしを狙っていたのかもしれない。十六夜たちが魁に気を取られる隙をうかがっていたのかもしれない。
 あらゆる考えが連鎖して脳裏に浮かび、全部仕組まれた罠に思えてくる。あたしが魁を拒否して、魁の憎しみを爆発させたことでさえ。
「怠惰、お前」
 十六夜が怒りをあらわにした。十六夜の口からこんな声が出たのが信じられないような、恐ろしい声。
「私はね。アンタが大嫌いなの。だからアンタさえ消えればいいと思ってた。だけど物足りなくなったの」
 怠惰があたしの頬をぺろりと舐め上げた。吐息と同じように冷たく、ねっとりとした肌触りに小さな悲鳴がこぼれる。
 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
 言いたくても言えない、助けを求める声がお腹の底に沈む。隙さえあれば爆発させてしまいたいのに、体を拘束する光と首の感触がそれをせき止める。大きく呼吸するだけ喉に刺さりそうで、必死に息を殺した。だけど、震える体を押さえることができない。
「アンタがあたしの腕を無くすから……アンタがこの子を愛したから、こんな事になるのよ。叡智」
 彼女の声が静寂に広がると同時、静止していた紐が締めつけを強めていく。むき出しの腕や脚をこすって肌に食い込んできた。もがくことさえできず、目を背けた。見ているのも、怖かった。
「囚われの姫君に見守るしか脳のないナイト。陳腐な演劇みたいね。私はさしずめ、憎き魔女役ってところかしら?」
 甲高い笑い声と共に、締めつけがほんの少し速度を上げた。服の縫い目が堪えきれず、音をたてて裂ける。
「うっ!」
 圧迫される。じわじわとした縛りで体が軋みだす。
「やめろ! やめてくれ!」
「自分を犠牲にしてでも助けにきたら? それこそナイトの勤めじゃない?」
 十六夜の絶叫に答えるのは、首筋の尖ったモノ。ぴたん、ぴたん、と一定のリズムで肌にあてがわれる。
「萱!」
「そんな勇気あるわけないわよね。アンタ贅沢者だもんね。あれも欲しい、これも欲しい、全部大事、全部守りたい……バッカみたい」
 自分に危機が迫っているのに、だんだん他人事のような気がしてきた。言葉が耳をすり抜け、音だけが届く。意味なんて把握できるはずがない。
「この子はね、アンタのせいで死ぬの」
「俺だけを狙えばいいだろ!」
「じゃあ、今すぐここで消える? 私の手にかかって消滅してみる? アンタがいなくなったら私は自害するわよ」
「そんなことしたら世界が滅茶苦茶に……!」
「叡智がそんなだから、こんなことになったんでしょう? その不甲斐なさが、彼女を死に追いやるのよ」
 頭上を飛び交う単語に、悲痛な声が混じった。これは十六夜の声だろうか。くぐもって聞こえるので、誰の声だか判別つかなくなっていた。
「……頼むから萱には手を出さないでくれ……俺とお前の話に、萱は無関係だろ」
「何度も言わせないで。アンタをどうにかするだけじゃ物足りないの。全然足りない」
 濁り出した世界で、ほのかに地面が揺らだ。タイミングを同じくして首筋を叩いていた感触が消え、強制的に顎を上に向かされる。どうやら怠惰の腕が首に回されたらしい。関節で締め上げられ、ごほりと息がこぼれた。
「まだ死んじゃだめよ、オヒメサマ。もう少しだけ待っててね」
 何を言われているのか理解しないまま、朧げな視界を確かめる。狭く開いた睫毛の向こうに、夜空が広がっていた。目の端から端まで広がる一面の夜空だ。酸素不足なのか、黒か白かよくわからないもので霞んで行く。それがチカチカと綺麗に光るもんだから、あぁそうか、と思い出す。
 数時間前は花火を見ていたんだ。この空いっぱいに広がる花火に重なる笑い声。食べ物の味も肌を貫く暑さも、全部まとめて洪水のように脳裏にあふれた。
 四人で過ごした大切なひととき。つなぎ止めたいのに、がんじがらめになったこの状態じゃ手を伸ばせず、夜空の煌めきと共に薄れて行った。
 別れを、告げられた気がした。

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