Long Story

ハートの欠片 No.3

「あたしもそんな風に自分好みにしてみたいな」
 ファッション雑誌の表紙を飾るような美白美女とか、男の人を悩殺するグラビアアイドルにもなれるってことだ。それだけじゃなく男の子にだってなれるのか。
 憧れている人の顔が自分のものになる様子を想像する。きっと周りの反応も違うのだろう。頬を緩ませて興奮していると、十六夜は呆れたような視線を投げてきた。
「俺事情でしかないけど、結構不便だぞ。何せ体を持つのがはじめてだからな。筋肉や関節を動かすってことに慣れるまでむちゃくちゃ苦労した」
 心底疲れたように言う様子から、生まれたてのヤギを思い出す。慣れていないってことは、あんな状態になるんだと思う。必死に立ち上がろうとする十六夜を考えると笑いが込み上げてくる。まるで他人事だけど、自分たちには想像さえ追いつかないくらい大変なんだってことはわかる。
 そういえば、オリジナルの体を作ったってことは、誰かから生まれたんじゃないってことだ。ということは……。
「十六夜って、家族いないの?」
「いないよ? 俺たちには家族なんて概念ないし、わざわざ無関係な人の記憶を変えて家族になる必要もないし」
「……そっか」
 改めて部屋を見渡す。十六夜らしさが出ているのは、ベランダの近くで平積みされている教科書類と投げ出されたかばんだけ。他はベッドとガラステーブルだから、十六夜がここで生活している様子を浮かべにくい。
 この部屋で、家族もいなくてひとり、か。
「寂しくない?」
「へ?」
「がらんとした部屋にひとりだけって、寂しくない?」
 冷たいテーブルに指を滑らせ、十六夜の丸まった背中を想像する。
 恐らく、このテーブルで夕飯も宿題も済ませているんだろう。テレビさえないのだから、無音状態で過ごしているはず。あたしなら、簡単に音を上げそう。
 自分の弱さと十六夜の強さを比べていると、彼の透き通った瞳が急に陰りを見せた。
「予定だと、すぐ思念の領域に戻るつもりだったから……そんなに物は揃えてないよ」
 小さな呟きは、せみの鳴き声に押された。少し重くなった空気が、あたしの視線を床へと落とす。
 十六夜は何を言ったのかと、一瞬だけ自問する。言葉の意味はとても単純。なのに答えを探してしまった。それは聞き間違いを願う心。
「そっか……そうだよね! 仕事だもんね、終わったら帰らなきゃいけないよね」
 十六夜の瞳に明るく映るように、笑った。これ以上彼の足枷なるのはごめんだった。
 全てが終われば本来の場所に帰る。当然じゃないか。
 胸にできたしこりを、スポーツ飲料ごと飲み込む。優しいと感じた香りは消し飛んだ気がした。
「それより体調はどうだ? 気分悪くないか?」
 十六夜は変になった空気を流すように、柔らかい笑みを浮かべる。
 確か、あたしは気絶したからここに連れてきてもらった。十六夜が流そうとした空気をさらに一掃するため、大げさにガッツポーズをとる。
「大丈夫だよ。全然平気、ありがとうね」
「良かった。まさか気絶するとは思わなかったからさ」
「うーん、邪羅さんとハートの中に入った時とは違う感覚だったよ」
「どんな?」
 僅かに目を見開いて、前のめりになる十六夜。
「ハートの中は、自分が沈む感じ。魁の中はこっちの世界が切り取られた感じ」
 ふたつの感覚を上手に表現することができない。だけど、ハートと魁では感覚が大きく違った。何より、ハートの中に入ったときは公園が広がったのに、魁の中は違っていた。
 あたしは、魁の中の概要を伝えた。白と黒しかなかったこと。魁が黒い海の中に埋まっていたこと。覚えている限りを話すと、十六夜はどこか遠くを眺め、
「今更ながら気づいたことがあるんだけど」
 話を区切って黙った。
 壁にかけられた時計の針が、時間を刻んだ。ベランダから舞い込む風は、十六夜が続きを話し出すまで室内を十分に巡る。
「はじめて魁に襲われた時、知らないやつだとしか思えなかった。でも、萱が同じ空間にいることを考えれば、魁が何者かなんて簡単だった」
 十六夜は心底悔しそうに顔を歪める。どういうことかと問うと、十六夜は指をぴっと立てた。
「俺たちは、同じレベルかそれ以下だと居場所がわかるようになっているんだ。俺は怠惰や邪羅の居場所がわかるし、逆もそう。だけど、魁はどこにいるのか見つけられない。つまり、必然的に俺や邪羅より魁は上だって言える」
「う、うん」
「さらに、相手の居場所がわからないとあの空間に連れて来られないんだ。だからあの時、萱が同じ空間にいたってことは……」
 深呼吸して、言う。
「あの空間を作ったのは魁。そして、魁が萱と同じ『ハート』だから萱を連れて来られた」
 腕を組み、ただし、とつけたす。
「戦っているいつもの空間と、さっき萱が話してくれた空間は、質が全然異なる。場所も違えば、時間が止まる条件も違う。それに、俺は世界がどんな形をしているか知っている。俺が知らない世界ってのは、たったひとつを除いて、まずない」
「たったひとつって?」
「ハートの世界」
 神妙に、断言した。
「……ハートの世界」
 十六夜と同じセリフを口にしたのは、理解できる範疇を超えていたから。あたしには、どれが正解でどれが不正解なんてわからなかった。
 謎を突き止めれば、たちまち新たな謎が生まれる。このままだと埒があかない。
 もう、全ての謎を解く鍵は、これに集約されると思った。覚悟を決めて、茶色い目を凝視する。
「十六夜。『ハート』って――何」

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