Long Story

ハートの欠片 No.4

 たくさんのことを話しながらも、お互い触れてこなかったハート。あたしにとっては、体に眠る得体の知れないもの、という感覚だから詳しいことはわからない。十六夜なら知っていて当然だと思ったけれど、問いかけた瞬間、彼は体を強ばらせた。
 麦茶で喉を湿らせた十六夜は、さらに神妙に話を切り出す。
「ハートっていうのは、感情を管理する者の最頂点に立つものを指すと言われていた。イメージとしては俺たちの王様、核になる部分なんだ。だから心臓の意味を取って『ハート』と呼ばれている」
 十六夜たちが作られる前からハートは行方不明だったらしい。ところが、最近になって居場所がわかった、と……それがあたし。行方不明になった理由も居場所が判明した理由もわかっていないそうだ。
 魁とあたしについて問うと、あたしは正にまつわる感情のハートで、魁は負にまつわる感情のハートと考えるのが妥当だと、十六夜は言っていた。
 確かに、魁と顔を会わせた二回目の戦いの時、ありとあらゆる感情が流れてきたのをはっきりと記憶している。
 感心していると、十六夜はテーブルの上に放置されたキャップを握り、苛立たしそうにカンカンとテーブルを叩いた。
「だけどさ、なんか間違えている気がする」
「へ?」
「ハートと俺たちのルールが違いすぎるんだ」
 十六夜はあたしの左腕を指差す。例の傷の箇所だ。
「萱の腕が傷ついたこと、ずっと気になっていた。思念と力であの世界は成り立っているから、肉体が直接傷つけられることはありえない」
「だってあたしは」
 怪我したじゃないの。そう言おうとしたけれど、十六夜はかぶせるように続きを話す。
「ハートが俺たちの王様ってだけなら、肉体は安全なはずだ」
 二回目のカンカンが響く。
「だけど、ハートが目覚めていくほど、俺たちとの差が浮き彫りになって謎ばっかり増えて行く。どう考えたって意味をはき違えているとしか思えん」
 そう言って、キャップを指で弾く。音を立ててテーブルから落ち、あたしのわきをすり抜ける。背後の壁にぶつかって、ようやく止まった。
 あたしが立ち上がって拾いに行くと、悪い悪いという声が後ろから聞こえた。悪態をつきつつ十六夜に手渡そうとすると、直前で手が止まった。十六夜の背中で茜色に染まるレースのカーテンが、ふわりと揺れる。薄く透ける向こうには、街に広がる夕焼けが見えた。
「もうこんな時間なんだ」
 話に夢中で全然気づかなかった。
「遅くなってきたみたいだし、そろそろ帰るね」
 キャップを渡して伝えると、十六夜は立ち上がってズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「歩けるか? 送ったほうがいい?」
「大丈夫。公園までの道を教えてくれさえすればいいよ」
 十六夜の気遣いを制して、ベッド足に添えられた鞄を握り玄関へ向かう。
「公園はマンション出た前の道を右手にまっすぐ歩いたら着くから。何かあったら連絡して」
 背中から丁寧な説明が返ってきた。玄関まで見送ってくれるらしい。
 簡単に礼を伝え、丁寧に揃えられたあたしのサンダルを座りながら履いていると、
「あとさ、ハートに関して思い出すことがあっても連絡して。些細なことでいいからさ」
 と、頭の上から伝えてきた。
「わかった。思い出したら連絡する」
 立ち上がりざまに振り返り、十六夜をじっと見上げる。
 頭ひとつ分違う身長。今更感心するようなことじゃないとは思うけど、背が高いな、と改めて感じた。 
 だけど、これも成長した結果じゃなくて、十六夜が好みで選んだ背の高さ。そんなことをしみじみと考え込んでいたら、十六夜は同じ高さに視線を合わせてきた。
「最後に、もうひとつだけ確認」
「何?」
 言い残したことがあるのかと記憶を辿ってみるけれど、特に何も思い当たらない。首を傾げて続きを待っていると、十六夜は吐息が触れる距離まで顔を近づけてきた。
 そして、
「俺たち、両思いだよな?」
 まるで今からイタズラでもしかけるように、にやりと笑う。
「…………」
 視界に入る、目と鼻と……唇。
 そういえばあたし、十六夜とキスしちゃったんだよね。
 自覚すると、頭の端に消え去っていた光景が鮮明に蘇ってきた。熱も感触も思い起こされて、自分の顔が見えないのに、顔が紅潮するのがわかった。
 りょ、両思いって!?
 今日一日であった様々な出来事が、頭の中であれもこれもそれも何もかもどんどん混ざっていって。
 脳みそがすっかりオーバーヒートしたあたしは、否定も肯定もせず。
 その場に響いた音は、パン! という乾いたビンタ音……でした。

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