Long Story

光の欠片 No.10

 待ち合わせで指定されたのは、先日彼女に指定された公園ではなく、とても馴染み深い……噴水のある大きな公園。
 あの夜のことを話してくれるんだろうか。
 赤茶けた髪の毛が頭を横切って、思わずその名が滑りそうになったけれど何とか踏みとどまった。あたしの様子に気づいたのか、撫子は十六夜も連れてこい、と継ぎ足す。
 そんなやり取りをしたのだから、約束当日の今日まで他のことがほとんど手につかなかったのは……言うまでもない。
 ――噴水公園。
 待ち合わせ時刻から二十分も早く到着した。今日は少し風が強く、噴水周りのベンチが水しぶきを体中に浴びて、その色を変えていた。あたしも霧に巻き込まれたけれど、そこを動く気にはなれなかった。こんなに感慨深い場所になるなんて、夢にも思っていなくて。
 どのくらいの時間、そうしていたんだろう。ただぼんやりと眺めていたら、いつの間にか十六夜が隣にいて、同じように噴水を見ていた。ふたり、黙ったまま何も話さななかったけれど、太陽が雲に隠れて影ができた時、あたしは意を決して口を開いた。
 それは、彼女がここに来るまでに伝えなければいけないこと。
「痣は消えてないかもしれないけど……今日。決めるから」
 視線が重なる。口も顔も全く動かさなかったのに、わかったという言葉が伝わってきた。
 太陽が再び顔を覗かせ、立ちのぼる水煙を七色に染め上げる。それを見た子供たちの歓声が、あっという間に広がっていった。
 はしゃぐ子供たちを見守る十六夜。これから何が起こるのか予想しているはずなのに、十六夜の目は穏やかだった。その空気とは真逆で、彼の仕草に落ち着きなく反応する自分がいる。
 体が、目が、いちいち勝手に動く。それはもう誤摩化しきれないレベルまで達していた。変に思われてるだろうなぁ……なんて思うけれど押さえることができない。
 違う自分があたしを乗っ取るのに、嫌じゃない変な感覚。むしろ暖かみさえ感じることも多々あって心地良い。
 そして、普段の自分より素直になれることもある。十六夜から発する空気がそうさせるのか、それとも同じ気持ちを抱えているという、どこか確信めいた感覚からなのか。
 どちらかはわからないけど、今日は一緒に来てくれて良かった。ひとりで撫子に会って、彼女の様子が以前と変わらなかったら、自分がどんな反応をするのか……ちょっと想像がつかない。
 だけど十六夜が一緒にいてくれたら、まっすぐ受け止められる。そんな自信が湧いてくる。
 もうすぐ待ち合わせの時刻。水分をたっぷり含んだ酸素を思う存分吸い込み、心の中で、よし! と活を入れた。
 撫子のことを考えよう。ただひたすら、それだけを。
 あごを上げ、頭上にたたずむ深い青を睨んだ。気合いは十分。あとは……。
「あたしの顔、引きつってない?」
 顔が強ばっていないか心配になって聞いてみたら、十六夜はキョトンとして自分を指さす。
「引きつるようなこと考えてたのか?」
「そういうわけじゃなくて……ちょっと緊張してさ」
 力なく笑いかけてみせる。
 すると、さっきまでの穏やかな顔はどこかへ追いやられ、驚くほど真剣な表情浮かべた。
「十六夜?」
 鋭く刺さる視線に戸惑ってしまって、咄嗟に呼んでみるものの、彼は何も言わない。そのまま表情を崩さず、あたしの正面にまわって手を伸ばしてきた。
「なにひゅるんでひゅか」
 何するんですかと言ったつもりが、上手く言えなかった。なぜなら、十六夜の熱い指に頬を引っ張られているから。
 痛いと言ってみても十六夜は手を崩さない。表情は真剣なままだから彼の考えていることが読めなかった。
 手を払おうと抵抗しても良かったけれど、大した抵抗もできずにじっとしていた。時間が経過しても十六夜が黙ったままなので不安になってきたら、
「よし! 合格!」
 と指を離して、眉間に人差し指を突きつけてきた。結構な速さだったので痛い。
 おでこを擦って無言で睨むと、彼の背中に大きな虹が浮かび上がった。霧が鼻孔をくすぐって乾いた服を再び濡らした時、十六夜はぴたりとも動かさなかった眉毛を跳ねさせた。連鎖するように唇と頬がゆるむ。堪えきれないと判断したのか、大きな口で笑い出した。
 しかも、唾があたしに飛びそうなくらい、豪快というか盛大というか。どうツボにきたのか理解できず、全くもってついていけない。置いていかれた気分だ。
 背中を向けてお腹を抱える様子に、声をかけるのも遠慮したくなるけれど収まりそうもない。目の前の丸まった物体を鞄で殴ることにした。
「いつまで笑ってんの!」
「ごめんごめん。マジでウケた」
「そんな理由、どこにもないでしょ」
 あたしの憤りもどこ吹く風で、見返す目には涙が溜まっている。
「いやいや、面白かったよ。八重樫萱さん、高得点で合格です。おめでとうございます」
「……合格ってどういうことよ」
「良い顔してたよ。俺の中の採点者がブラボーって言ってる」
 ブラボーかい。そう突っ込みを入れようとした時。
「……何やってんの?」
 ぽん、と背中を叩かれた。びくりと肩が反応する。
 振り向いたその先に立つのは、求め続けていた人。
「待たせた? 悪かったね」
 手を振る撫子が、学校と変わりない軽やかな口調で話しかけてきた。

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