Long Story

光の欠片 No.12

 数週間前と何も変わらない姿。会わせるのはまだ早いという考えが脳裏をよぎるけど、恐怖に打ち勝とうとしているのが撫子の肩から読み取れた。
 ……助けたい。湧き起こる気持ちが、あたしを動かす。
「忘れちゃダメだよ。撫子」
 彼女の手に自分の手を重ねた。
 撫子が自分で決着をつけると決めたのなら、止めるわけにはいかない。だったらあたしのするべきことは、以前と変わらない言葉を繰り返し伝えること。それだけだ。
「あたしは、何があったって撫子の味方だから」
 過ぎ去った時間は、確実に彼女の何かを変えていた。震えていた目が、しっかりとあたしを捉える。
 そらす素振りは見られない。
「ありがとう萱。忘れてた」
「ううんいいの。だけど……ひとつだけ聞かせて」
「何?」
「邪羅さんのこと、好き?」
 ファーストフードで言われたセリフを、そのまま口にする。
 ずっと前から気になっていた。今尋ねるようなことじゃないけれど、機会はもう、今しか残されていないから聞いた。
 撫子は少しだけ目を泳がせ短く、
「わかんない」
 呟いて背を向ける。その後ろ姿を心の底からきれいだと思った。
「それも今から、確かめる」
 ひどくゆっくりとした歩みで近寄る邪羅さんと向きあい、飛び込んだ。その背中を見ながら、ふと思う。
 撫子の記憶に関しては今日決断するつもりだったけど、今日記憶とサヨナラするとは考えていなかった。でも、場合によっては、サヨナラするのが今日になるかもしれない。
 そして。 
 あたしたちを避けていた邪羅さんがここにいるということは、彼を元に戻せるチャンスがやってきたのかもしれないということ。
 撫子に続いてた十六夜が、一瞬だけ振り返る。
 ふたり同時に頷いた。




 邪羅さんとの距離が縮まるたびに、空気が冷えるようだった。照りつける真夏の太陽も敵わない。彼の踏みしめる一歩が、寒い季節へ塗り替えていく。
 隣にいる撫子も同じように感じたのか、顔を曲げていた。響かない足音が息詰まる沈黙をもたらし、顔がはっきり見える距離まで近づいても沈黙は保たれたままだった。
 先に口を開くのは誰なのかと待っていたけれど、やっぱり撫子は行動が早い。
「悪かったわね。呼び出したりして」
 ごく普通の挨拶に、邪羅さんの足がぴたりと止まる。あたしは鳥肌を押さえつけるように、自分の体を抱きしめた。
 いつだって静かな好奇心に満ちていた視線は、意思が全く宿っていないように暗く沈んでいる。本当に自分たちを覚えているのか疑いたくなるほど、関心を持たれていない気がした。
「お久しぶりです。みなさん、お揃いだったんですね」
 頭を下げて挨拶をする邪羅さん。
「あたしが集合かけたのよ」
 体の震えを晒すまいとしているのか、撫子は声を張る。対する邪羅さんは、芝居がかった口調で答えた。
「僕のためにお集まりいただいた、ということでしょうか」
「そうかもね」
「それは……大変失礼しました。十六夜さんからも連絡いただいていたのに、こちらから掛け直しませんでしたからね」
 謝罪の感情がちっとも込もっていないのは肌で容易く感じ取れた。それどころか、冷たい笑顔を浮かべてあたしたちを突き放す。
「それで、用件は?」
 寒気がした。
 思い詰めた撫子を見て何のコメントもない。これが本当に邪羅さんか、と疑問を抱いてしまう。
 似ているだけの赤の他人だったら、どれだけ良かったか。だけど、本人だと捉えるしかなかった。無表情な目が……その目だけが、とても馴染み深い、人を見透かすような目をしていたから。
 邪羅さんを前にして自分を取り繕えた試しなんてない。何度も味わってきた自分だからこそ瞳そのものは同じだと、わかる。
 わかるのに、素直に受け入れられるほど冷静になれなかった。撫子も同じらしく、落ち着きなく毛先を触っている。
「自分で思い当たるふしはないの?」
 それを聞いた邪羅さんは、口元を一瞬だけ歪めて笑った。そんな表情を読み取る自分の目を、少しばかり恨む。
「ないことはないですが、僕の口から申し上げて良いものか迷いまして」
 撫子を見ていないのに、彼女の体が強ばるのがわかった。大丈夫だよと、背中をそっと撫でる。
「お気遣いありがとう。具体的な内容に触れるつもりなかったから、助かったわ」
 触れた熱に気づいてくれたのか、気丈そうに振る舞う撫子。邪羅さんを鋭く見つめて突っ返したけれど、平静を精一杯装っているのが痛いくらい伝わってきた。

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