Long Story

光の欠片 No.20

 構え直した槍が眩い陽光を反射してきらめく。その光もまた鋭利で、皮膚を突き破り体内にねじ込むようだった。暑くはない。ただ痛い。
 抑圧していた意志を一気に解放したのか、吸う空気に変な重さを感じた。巨大な手が迫ってきた時と比べ物にもならない、桁外れの重圧だった。
 すくみ上がるとはこのことだろう。自分が吹っ飛んでしまって、考えがまとまらない。どうしたらいいのか、何をすればいいのか、何ができるのか。そう多くない選択肢が、彼の一歩ごとに薄らぐ。唯一残ったのは立ち尽くす道だけ。
 ただし、わずかな希望も残されていた。邪羅さんの進む先に静止した撫子がいる。
 少しでもいいから、反応して欲しい。
 撫子の願いは邪羅さんのためにある。だからこそ、一度で良いから撫子を気にかけて欲しかった。
 それなのに。
「頼りにならない叡智でも呪っておいてください」
 命が躍動する世界から少しだけずれたこの空間で、邪羅さんはあたしの願いを打ち砕く。歩む足。鳴らない靴音。ゆっくりと近づく邪羅さんは撫子の横まで辿り着いて、そのまま通り過ぎた。一度も、撫子を見ることはなかった。
 どうしても信じられずに呆然と立ち尽くしていると、邪羅さんは槍を大きく振りかぶって照準を定める。槍とあたしの距離は、ごくごくわずか。
 先端を見ていた。自分の体が貫かれるかもしれないのに、じっとしていた。腕が動き、先端が視界から外れて――そして、ぴたりと止まった。
 邪羅さんは眉を跳ねさせ、どことなく嬉しそうな表情を浮かべる。
「……ようやく、お見えになったようですね」
 漏らして振り返ると同時。槍が太陽の光を鋭く反射した。
 違う。光を反射しているのは槍だけじゃない。
 十六夜の姿が脳裏をかすめたけれど、邪羅さんの奥にいたのは期待した人じゃなかった。
 ギチギチと嫌な音を立てて噛み合うのは――闇に蝕まれた黒い剣。ひと目見て、胸が一気に締めつけられる。
 誰よりも彼を知ってる人が、あたしの中から胸を叩いた。
 剣と同じ黒い髪。端正な顔立ち。悲しみを宿した、深い深い瞳。
「いらっしゃいませ。お待ちしていましたよ」
 魁だった。
 大きな剣を悠々と振りかぶり、打ち下ろす。邪羅さんが身をひるがえして避けると、空を薙ぐ剣が突風を巻き起こした。近い距離に避ける術はなく、あたしは全身で受け止めてしまう。吹き飛びはしなかったものの、背中から倒れて激痛が走った。
 痺れを覚えたけれど寝転んでいる暇はない。慌てて体を起こすと、弧を描く剣と直線を貫く槍が目前で交錯した。
 邪羅さんは薄く笑って剣を払う。
「このままお見えにならなければどうしようかと思いました」
 軽く距離を取り、踏み込む一歩と同時に槍を突き出す。魁は後ろに跳んで交わしたけれど、あくまで体に触れるか触れないか、といった最小限の距離。足が地面に触れた直後、同じ体勢のまま距離を縮めて剣を押し込む。あまりにも早い動きに、邪羅さんは槍を構えるのが遅れたらしい。槍を見捨てて体をひねらせると、剣が服の端をかすめた。もう一瞬遅かったら、邪羅さんの腕はまっぷたつに裂かれていただろう。
 それにしても、と、少しずつ離れながら息を整える。
 邪羅さんは、お待ちしていましたと言った。見えなければどうしようか、とも。
 つまりは魁を待ち望んでいたということ。魁を呼ぶためだけに、あたしを殺そうとしたってこと?
 そして魁は、まんまと引っ掛かったってこと?
 ……やっぱり頭が、うまくまわらない。
「消えてしまえ」
 黒い剣が細い半月を描いて肩を狙う。邪羅さんは体を反らせて避けたけれど、剣はなめらかに滑るだけ。勢いを殺すどころか加速して槍と噛み合った。
 苦痛を漏らしながら、邪羅さんは数歩後退する。 
「相変わらず無駄に強い!」
 剣と槍が激しくぶつかる度に、空中に電流が這うようだった。受け止めては流し、反撃しては再度狙う。お互い上下左右抜け目なく狙うけれど、槍は剣よりもリーチが長い分、近くなるほど不利になるらしい。接近戦は危険と判断したのか、邪羅さんは服をはためかせて姿を消した。
 その矢先、背中の方角から力の音圧を感じた。
「オマエが1番気に入らない」
 追う者。追われる者。
 繰り出す槍はことごとく弾かれる。その上魁は手数が多い。圧倒的なスピードを持つ魁に、懐に入る間を与えざるを得ない邪羅さん。はじめこそ反撃する余裕はあったけれど、いつの間にか受け止めるしかできなくなっていた。
 だけど。
「……全く。現実を直視しない奴が多すぎる。あなたも、叡智も」
 語尾を荒げて、邪羅さんは槍を構え直す。
「感情を支配するものが感情に支配されてどうするのですか。駄々をこねて、暴れてばかりで」
 苛立ちを乗せた槍から漏れる閃光。同時に、魁の体が勢い良く空中に放たれた。
 一瞬の間も許さない邪羅さんは、地面にかすりそうな低空飛行で魁の下に潜り込み、黒い光を炸裂させた。
 至近距離で起きた爆発に魁は避けることができず、上空に大きく打ち上げられる。

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