Long Story

光の欠片 No.23

「あたしの体は十六夜に預ける」
「うん。必ずフォローするから安心してあいつを戻してやって。ただし、無茶だけはしないでくれよ」
 十六夜は金属音がする方向を静かに見据えた。穏やかに笑っているものの、口は固く結ばれている。手に杖を出現させて空気を切ると、先端に連なるリングの音が響き渡った。
「どうする気?」
 視線を合わせて尋ねると、腕に筋を浮かばせて杖を突き立てる。
「ふたりまとめて黙らせる」
 杖の末端から、閃光が溢れた。頭まで眩ませる光は、澄み切った音色が消えると同時に収束。直後、地面と触れた箇所から十字の光が這い出た。
「絶対に動くなよ」
 地面に溝でも存在しているかのように、光は直線状に伸びた。次第に分岐して直角の交差を繰り返す。物体を無視して瞬く間に広がり、大地を埋め尽くすころ――光の盤面が完成した。
 まるで自分たちがオセロや将棋の駒と化したようだった。一歩踏み出せばマスのふちを踏んでしまう。足元に注意して十六夜に顔を向けた。
「これは何?」
「網みたいなものさ。この空間の全部に張っておいた。端から巻き上がるから、この空間のどこにいても必ず引っ掛かる」
 敷き詰められた光の動向を見据えながら、十六夜はあたしの背中にまわった。
「邪羅は気配でもわかるけれど、魁はわからない。こっちは邪羅を見るから、魁の動きに気をつけて。危険があったら、教えて」
「わかった」
 視界に入る、全ての物に注目した。静止した世界なのが幸いした。動くものは、即刻答えに繋がる。
「とは言っても、引っ掛けることは目的じゃない。追われれば必ず逃げる。そして、逃げればここへ辿り着く」
 じっとりした汗が手に滲む。歩み寄る争いを思い浮かべながら、爪が食い込むほどに強く握った。
「誘き寄せてやる」
 背中合わせ。数センチも離れていないだろう近さで、ふたりとも周囲を窺っていた。木の影やゴミ箱の向こう、手すり、ビル。もちろん目だけじゃなく、音の距離にも注意していた。
 息を殺して耳をすませる。羽根の動きでさえ聞き取れそうなほど集中した。彼らは一瞬でここに辿り着ける能力を持っているから油断はできない。神経をすり減らしてでも動向を掴まなければ。
 そして、時は訪れる。
 普段なら確実に見逃す視界の果てで、小さな虫に似たふたつの点が入道雲に紛れて動いているのに気がついた。
「十六夜! あれ!」
「狙い通りだな」
 指差す前に十六夜は肯定してあたしの前に出た。
 見る度に逞しくなる背中。何気なくじっと見つめていると、ふいに悪寒が全身をかすめた。虫の知らせとでも言うのか、説明がつかないような直感でしかない。
 だけど――何か、何かが引っ掛かる。
 不安になり思わず背中に触れると、肩越しに振り返って微笑みかけてきた。
「どうした?」
「嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
 頭の中で闇雲に理由を探すあたしに十六夜は嫌な顔ひとつせず、頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「大丈夫だって。俺はここにいるから」
「そういう不安じゃなくて」
「あいつらを捕まえれば解決するさ。きっと、な」
「……う、うん」
 自分で発言しておきながら、おかしな言い草だと思った。
 十六夜がここにいてくれるなら不安なんてないはずなのに。邪羅さんを戻すこと、それだけを考えていれば良いはずなのに、怖い。
 彼らを捕まえたら全部解決する……本当に?
 あたしの心配をよそに十六夜は杖を唸らせ、正面に焦点を戻した。小さな点はいつの間にか手の大きさに広がり、人の形が見て取れる。その奥では、輝く盤面が入道雲に被さって迫っていた。
 ――不安の種を探す時間は、もうなくなっていた。
 十六夜が先制を取る。杖を天に突き出すと、体の周りを赤い輝きが囲みはじめた。次第に数を増す光は先端に集まる。全てが収まると、体を飲み込まんとする勢いで急速に膨れ上がった。
「行くぞ!」
 叫ぶ。解き放たれた輝きは星屑を撒いて赤く渦巻く。その様は雲に巨大な印を押しつけているようだった。
「ちっ」
 次の動きを予想していた十六夜。舌打ちして足元の網を一本すくいあげて、横一文字に空を薙いだ。先端に絡まっていた光の糸は鞭のように大きくしなり、十六夜の側に出現した槍を狙う。
「寝起きにしては、お元気ですね。叡智」
「特別な人に起こしてもらったからな!」
 紙一重で避けた邪羅さんは、糸のような光を切り刻む。飛び散る光を見届ける間もなく、十六夜は足元の盤の目を蹴り上げて邪羅さんにぶつけようとする。だけど。
「ひとりで起きられないほうがどうかと思いますけどね!」
 悪態をつく邪羅さんは姿を消して逃れた。

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