Long Story

光の欠片 No.25

「当たり前なことを……良いですか、法則に変化があってはならない。仮に変化が発生するのなら『変化する』というひとつの法則に過ぎない。変わらないことは全ての基盤なんです」
「それに縛られ過ぎていないか」
 空白が目立つ十六夜の言葉は、妙なくらい胸を掻き立てた。邪羅さんも同じなのか、続けようとしない十六夜を焚きつける。
「……何が言いたいんです」
 杖を突きつけたままだった十六夜。促すだけの短い声を聞き届けたあと、おもむろに腕を降ろした。
「当然、秩序は保たれるべきだ。だがな、何故お前自身が基盤に縛られる必要がある?」  
 諭すでもなく、煽るでもなく、ただ事実のみを示すように十六夜は言う。
 邪羅さんの冷ややかな目が、一層細く、鋭くなった。
「法則は変わってはならない、が。お前は変わってもいいんじゃないのか――いや、変わったんじゃないのか」 
 反論はない。 
「そんな自分を認めたくないだけじゃないのか、秩序」
 簡単で。単純で。
 平坦な感情しかこの世に存在しなければ、彼は満足したのだろうか。
 数学や物理の公式のように、行き着く解が全て同一の世界だったら、自分を受け止めることができたのだろうか。
「お前にとって、ハートである萱は変化して当然だった。だから何も思わなかった。だが、予想外に変わった人物がいた。それが常磐撫子だ」
 後ろをちらりと振り返った。
 当初は、起きてしまった出来事を受け止めきれなかった撫子。だけど、髪に想いを託して見切りをつけた。
 長い時もそうだったけれど、切り落とされた今も、彼女の髪はかっこいい。
「彼女はお前に会ったから変わったんだ。それを一番知っているのは邪羅、お前だ」
 この中で、撫子に最も近い位置にいるあたしは、自分のことで精一杯だった。十六夜も、魁のことやあたしのことで手一杯だったはず。
 冷静沈着。周りを見通す能力のある邪羅さんなら、あたしたちじゃ気付けない撫子の変化を読み取れたに違いない。
「彼女の変化を見たんだ。見せつけられたんだ。俺も、萱も、ねーさんも変わって行った。自分だけが取り残されて」
「あなたと一緒にしないでください」
 邪羅さんは十六夜の言葉を遮り、改めて槍を構えた。
「秩序である僕が、一時の感情に流されるわけにはいかない」
 顔をしかめ、十六夜をじっと見据える。きっぱりと言い切る姿が、かえって心の裏に動揺をしまい込んでいるように感じてしまった。
 無言になるふたり。邪羅さんは槍を光らせ、十六夜はその刀身を睨むことなく見つめていた。お互いの気持ちを探っているのか、あるいは自分の脳裏に焼きつけるためか。胸が痛むような長い沈黙の後、十六夜はようやく口を開いた。
「それは負けを意味するからか」
 杖を立て、カツンとひとつ地面に打ちつける。先端に連なるリングが、涼しい音色を立てた。
「世界は整理されたものを望んでいない。統制を取っても、必ず無駄なものは増えていく。ルールを作れば違反するやつが現れるのが良い例だ」
「…………」
「それは、お前の言う『変化する』という法則は当てはまらない。秩序から逸脱した、ただの無秩序だ。世界は常に秩序から無秩序へ流れている。そうだろう?」
 邪羅さんは再び、硬く口を結んだ。
 真実と合っている場合は肯定し、違う場合は否定する。今までの邪羅さんなら、そんな反応をしたはずだ。
 何も言わない。頑なに口を閉ざしたまま、動かない。
「特に感情は法則で縛りきることは不可能だ。感情は多様化を望む……そういった造りをしているんだ。そして、お前にも感情がある」
 一瞬で貫かれる距離で刀身が揺れているのにも関わらず、十六夜は目を伏せた。
 叡智であるということ。その意味が持つ重みに、考えを巡らせる。彼の元にはおびただしい量の情報が集まるのだろう。それが知恵となって蓄積する。
 一方、邪羅さんは世界の法則と繋がっている。でも、酸素だとか水素だとか、そういった物が存在しているからこそルールが作られる。その情報を束ねているのが、あたしの目の前にいる人だ。
「変わっていいんだ。むしろ、変わって当然なんだよ。じゃないと、俺たちが感情を持つ理由がないだろう、邪羅」
 名前を強調するように十六夜が言う。邪羅さんの態度は変わらない。苦い表情が面のように張りついている。
 ……叡智は秩序の上に立つ。
 邪羅さんのかたくなな姿勢。撫子の変化を受け止められない気持ち。超えることさえ適わない大きな壁。
 泣きたくなるような濃い空の下で、あらゆる場面を結び合わせて彼の本心を模索した。
 ちっぽけなあたしの考えが間違いでないなら。邪羅さんは……邪羅さんは、もしかして。
「その名前は捨ててください。僕はもう、人へは戻らない」 
 ――十六夜を妬んでいる?
 その答えに行き着いたのち、十六夜がしばられていた赤い縄を思い出す。唐突。本当に唐突に思い出した。
 そして、ふとした疑問が浮かぶ。
 きっと、十六夜自身も縄を解こうとしたはず。でも、彼には解くことができなかった。それなのに、どうしてあたしが解くことができたの?
 背筋にぞくりとした寒気が走る。
「邪羅?」
 十六夜が首を傾げる。その様子を眺めながら、溢れる疑惑が確信へと変わる出来事を思い返していた。
 まだ魁が現れる前、邪羅さんと十六夜は空で争っていた。邪羅さんがここへきた理由を問いかけたとき、彼は十六夜を叩き落とした。

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