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光の欠片 No.27
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あたしは落ち続けていた。加速も減速もせず、一定の速度を保って体が沈んでいく。
体と言い切って良いのかもわからなかった。確かに落ちているのだけど、顔の前で手を広げても全く見えなかった。
手を動かせるのはわかる。視界には映らないけど、頭に手をやれば見慣れたはずの髪に触ることもできる。
真っ黒。一面の黒。
いや、黒なんて一言で表せるようなものじゃない。もしかしたら色で表現するのさえ不適当なのかもしれない。
黒よりも重く、闇よりも暗い。そんな雰囲気が漂う密度の濃い空間。
広いのか狭いのかさえ掴めない状況で、どうにか打開できないかと手を伸ばした時。何かに届いた。
触感はないのに何かに触れたと、感じた。
そう認識した途端、指先の小さな面積から誰かの負の感情が一気に流れ込んできた。蛇口をひねると感情が流れてきた、そう形容しても良いくらい、体内をあっという間に浸食した。
嫌い、痛い、苦しい、怖い。気持ち悪い感情が全身を埋める。
心の奥底に溜め込んで誰にも見せない。純粋であるが故のどす黒い気持ちが、肌の内側を通る。あたしが他人の感情に食い荒らされる。
苦しくて吐き出したくて、喉を掻きむしっても、その奥にあるものには届かない。
清らかさや純真さを無垢と表現するのなら、体内でうごめく感情も無垢だ。何にも染まらない、誰しも目を背けたくなるような、壊す力。
救い欲しさに口を開けると、ざらりとした何かが舌の上で這う。苦しみから離れたくて口を閉じると、中から出せと何かがのたうち回る。
孤独に嘖まれ、逃げる場所さえ見つからない。それでも楽になりたくて、とっくに枯れた涙を何度も流そうとする。
なけなしの精神がみるみるうちに削がれる中、あたしは唐突に悟った。
これは生の心だ。そして、ここは最果てだ。
数少ない経験の中で、あたしが最果てと呼べるもの。それは――。
延々と落ち続けた体が柔らかいものにぶつかった。鞠のようにバウンドし、全身が宙に投げ出される。
弾力性があるらしく、体は何度も弾んでから着地した。
この感触。
恐る恐るまぶたを開けてみると、今までと変わらない単一な暗闇が広がった。何も見えない不安あったけれど、落下が止まったことにひとまず安心した。
ささやかな体力を駆使して体を起こし、改めて辺りを見回す。
絶句して、納得した。
腰の下にあるのは、純白の海だった。
薄く発光する海は絶えることなく一直線に伸び、視界の果てを二色に分断している。
黒と白の、二色に。
「ここは……」
呟いた声が落ちる。ここは、かつて辿り着いたハートの世界。その逆転した景色だった。
曖昧さを認めない景色を見渡して、あたしは立ち上がった。苦しさがいつのまにか消えている。
簡単にバランスを崩す体に鞭打って歩き出すと、知った背中が朧げに見えてきた。海の発光で浮かぶ輪郭に、くるおしいほど胸が締めつけられる。
魁と呼ぶことさえ躊躇われて、あたしは距離を置いたまま踏み留まった。
躊躇いが、足に現れる。
自分はどうしてここにいるのだろう。罠にかけられる理由が見当たらない。
そして、どうして逆なのだろう。前回と世界が逆転している。
尻込みしたまま足を踏み出した時、白い海から妙な気配を感じた。視線を落とすと、小さな光の粒が溢れていた。
光の花と呼ばれるそれは、ゆっくり浮き上がってあたしの体を覆う。肌に吸いつく光の花に戸惑っていると、黒い背中がおもむろに振り返る。
目と目が静かに交錯した。
「…………」
水晶玉に似た黒い瞳と、どのくらい見つめ合っていたのか。
きっと一瞬。だけど短い時間の中で、世界に存在しているのはあたしたちだけのような錯覚を覚えた。
この場所のことを思うと、感覚としては正しいのかもしれない。ハートと彼、ふたりの空間にあたしはいる。
「あ……の」
口からぽとりと溢れて、はっとした。
何が聞きたかったのか。何が知りたかったのか。喉から出かかった言葉の正体もわからないまま声が先走っていた。
むしろ、言葉が必要なのかも掴めなくなった。生の感情のさらに奥――最果ての地において、言葉にどれだけの意味を持てるのだろう。ハートの世界に踏み込んだ時のことを棚に上げて、考え込んでしまった。だけど、それさえも一瞬で。
立ち尽くして、ただ見つめる。ぼんやりとした頭で彼の名前を思い浮かべてみても、どうしてか喉の奥で引っかかった。
頭の片隅に、ちりとした痛みを感じる。さっき流れてきた感情の残骸かと疑ったけれど、違うと思った。
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