Long Story

光の欠片 No.4

「拒否されると居場所もわからないってこと?」
「わからない。肉体を介さずに直接コンタクトを取る場合、物理的な距離を無視するんだ」
 十六夜を通して魁の中に入った、あの仕組みと似たシステムなんだろう。
「ひっくり返して考えると、物理的な距離を調べる術はないってこと。今の俺と邪羅を結びつけてるのは」
 彼のカバンを引き寄せて中身をあさる。取り出したのは、昨夜からあたしが握り続けていたものと同じ。
「この携帯電話だけ」
 あたしや撫子と同じ状態。何て皮肉なんだろう。
「撫子も邪羅さんも、待つしかできないんだね」
「今のところはな。だから、その前に整理しておきたいことがいくつかある」
 ジュースで喉を潤す十六夜。ペットボトルのふたをキツく締めてから、猫背を正してあたしを真正面に見据えた。
 膝の上で軽く握りこぶしを作り、ためらいがちに口を開く。
「邪羅とコンタクトが取れたとして、そのあとどうする?」
 十六夜が何に遠慮しているのか察することができなかったけれど、あたしの中で答えは固まっていた。十六夜に倣い、姿勢を正してから口にする。
「もちろん、元に戻すよ」
「俺を戻してくれたように?」
「あたしにしかできないことでしょ」
「それはそうだけど、撫子ねーさんと連絡とれないってことは、下手すると近づくのも危険な恐れがあるぞ」
 一瞬、真顔の邪羅さんが脳裏に蘇った。ハートを狙っていると怠惰に問われた時の表情だ。そんなことはないと否定してほしかったのに、睨み返すだけだった硬直した瞳。思い出すだけでゾクリとした悪寒が走った。
「もちろん、このまま放っておくつもりはない。ただ、邪羅がここへきた目的を考えるとちょっと怖い」
「……光の花」
「そう。邪羅の目的は光の花を見ることだ」
 十六夜は鼻筋をトントンと叩く。
「目的が果たされていない状態なら萱に危害を加えることはないと思うけど、目的が果たされた今は……」
 彼は言葉を濁したけれど、想像するのはたやすい。あたしも思い浮かべてしまい、身震いをした。
「嫌なこと言わないでよ」
「俺も怖いんだよ。真近くまで近寄りさえしなければどうにでもなるけど、邪羅を元に戻すってことは、そうもいかないだろ」
 近寄らずに済むなら最良なんだけど、そうも上手くはいかないだろう。そもそも、十六夜が戻った時も、必死すぎて何をどうやったかまでは覚えていない。待ちわびたあの日の出来事を事細かく辿ってみると、ぴたりと思考が止まった。
 十六夜が「ただいま」って言ったのって確か、キスしたあとだったような。
 頭の先から足先まで血の気が一気に引き、そして逆流する。顔に熱がこもり出すと、十六夜は呑気な声で眉をひそめる。
「どうかしたか?」
 目が、勝手に唇を捉えた。十六夜もあたしが唇を見たことに気づいていると思う。そう考えるだけで急激に恥ずかしくなり、不自然な動きで首を捻ってごまかした。さっきまで風になびいていたカーテンが大人しく佇んでいる。
 数秒、自分が落ち着くのを待った。恥ずかしさだったり例の光景に浸ったり、明らかにうろたえていたけど、そんなことしてる場合じゃないのは重々承知している。バレないように、こっそり胸をなで下ろして十六夜を窺った。
「あの、ですね。十六夜が戻った瞬間の話を聞きたいんだけど」
 どのタイミングで十六夜が戻ったのか、ちゃんと知らなきゃいけない。余計なものを頭の隅っこに追いやって、おそるおそる尋ねてみると、
「抱きつかれた時」
 ジュースを飲みきった上で、しれっと答えた。それが何か、とでも言いたげに。
「抱きついたあと、色々話してくれたじゃない」
「それは抱きつかれた時に心が折れた状態になったから」
 ペットボトルのラベルを剥がしながら、十六夜は平然と続きを話す。
 あたしに抱きつかれた時、自分に対する疎ましさが消えて、受け止めて欲しいという感情が残った。だから、自分の気持ちを吐き出したそうだ。その結果、一連の流れへ発展した……ということなんだけど。
 つまり、邪羅さんとキスしなくていいってことか。ほっとして息を吐いた。
「抱きつくってのがキーワードになりそうだね。どのタイミングにしようか」
「危険が大きすぎるから戦闘中はだめだ。あくまで人が動くこの空間でチャンスを狙いたいな。あいつの性格上、人々の目の前で暴挙に出るのは考えにくいし」
「じゃ、なおさら邪羅さんと普通に会うしかないね」
「口実は考えておく」
 そう言って、剥がしたラベルを畳んで机に立たせる。みるみるうちに折り目が広がって、パタンと倒れる。それをきっちり見届けてから、十六夜は立ち上がった。
「ちょっと飲み物買ってくるけど、帰らなくて大丈夫か? 帰るなら送っていくけど」
 ベランダに近寄りガラス戸を閉めて問う十六夜。セミの鳴き声は、音が遮断されたというのに少し控えめになった程度で、それ以上静かになることはなかった。
「ひとりで大丈夫、ありがとう」
 重い腰を上げてから断る。
 むしろ、来ないほうが良いと思う。一泊した次の日に男の子を連れて帰ったらどんな展開になることか。
 あたしの考えを見抜いたのか、十六夜は左右に目を走らせた。足早に部屋を出て、一秒もしないうちに戻り、人差し指を突きつける。
「家までは行かないからさ、楽な方を選んでみない?」

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