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記憶の欠片 No.5
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少しイライラしながら詰め寄ると、ヤツは後ろ髪を触りながら遠くを見つめた。どうやら調子に乗りすぎたらしい。遠巻きながら、毛先が濡れているのがわかった。
虫を呼び寄せる電柱をぼんやり眺めたあと、何を口にするかと思えば、
「フルネームじゃなくて名前で呼んで」
人差し指をぴっと立てて指差した。
あたしが盛大な溜め息を吐いたのは言うまでもない。
「十六夜」
「はいはい」
「何であたしだけ知らないの? アンタのこと」
「どうしてだと思う?」
「だから、それが聞きたいんだって!」
マジメに答えてよねー!
学校でもそうだ。この人飄々としていて掴み所がない。こっちが遊ばれている気がしてならない。
憤るあたしを無視して「そうだ」と手を打ち、ズボンのポケットを探り始める。
おもむろに立ち上がり、これあげると目の前に握り拳を見せた。反射的に両手を差し出すと、何かが落ちてきた。
「今日の戦利品」
ハート型の飾りがついたストラップだった。
ピンクの小さなストーンでデコレーションされ、携帯電話にぶら下げたらコーティングが傷ついてしまいそうなデザイン。
そういえば、ゲームセンターで百円玉を大量に注いでいた記憶がある。
「本当は月のストラップが欲しかったんだけど、そっちが取れたからあげる」
「あ……ありがとう」
ポケットに収まっていたからか、包装のビニールはくしゃくしゃ。紐の部分も少し折れ曲がっている。
つまんで目の高さまで持ち上げてみると、噴水の底のコインに負けない輝きを見せた。何度も角度を変えて光の反射を楽しんでいると、その奥で十六夜が満足そうに笑っていた。
一瞬、彼の存在を忘れていたので、大げさに手を振って取り繕うと、ヤツは足元に投げ出されたカバンを肩に掛けた。
そして、さっぱりとした表情で伸びやかに言う。
「じゃあ帰ろうか」
――は?
目がテンになるあたしを放置して帰り支度を整える。
……って……おぉぉぉい!
去り行くカバンを捕まえ、
「帰らせるか! 話は終わってないっての!」
必死に引っ張って、浮いた足取りを止めた。
十六夜はよろけながらも持ち堪え、振り返ってあたしの顔をニヤニヤしながら見てきた。
「今夜は帰さないって? 結構大胆だね……俺ん家近いけど来る? 歓迎す」
言わんでいい。
自分のカバンで殴りつけてヤツの話を遮る。良い音がした。
「冗談冗談。ほら、こんなに暗いしさ。明日でも明後日でも、時間はたーっぷりあるんだから、焦らなくていいって」
「納得いかないんだけど」
「いいからいいから。ささ、帰りますよ」
そう言って、そそくさと帰りやがった。呆然とするあたしを置いてけぼりにして。
「もう駄目。無理です。ギブアップです。ごめんなさい」
あたしは教科書に顔をつっぷしながら降参した。
「諦める? あたしは止めはしないけど」
自主性を重んじるという名の放置で、撫子はケーキをつつきながら小説を読んでいる。
高校の数学は難しい……難しすぎる。まぁ、算数から数学へと名前を変えてから、まともに解けた試しがなかったりもする。
学生の本分は勉学という言い分はわかるけれど、中間テストと期末テストがあるのだから必要以上に学力をチェックしなくてもいいと思う。というか、やめてください。
……とはいえ、どれだけ駄々をこねたって、小テストはにじり寄るだけなので、頭の良い撫子様にご教授願うべく頼み込んだわけだ。
その代わり奢る約束をさせられてしまったので、この雨の中、いたしかたなくファミレスに集まって勉強会をしている。
「なんでそんな簡単に理解できんの?」
「ルールを覚えるだけよ。xだyだって考えるから難しいんじゃない。全部バケツAバケツBって考えればわかるでしょ」
わかりません。
「十六夜わかる? バケツ理論」
隣で同じように勉強している十六夜に声をかけた。
長い髪の毛をひとつにまとめて、一見すると気合いが入っているように見えるけれど、シャーペンの進みは悪い。
だから、返ってくる答えは多分……。
「ん。さっぱわからん」
やっぱり。
「アンタたち、よくそれでうちの高校入れたね」
「先生につきっきりで教えてもらったんですー。そんなことはいいからさ、この問三教えて」
氷が溶け、ずいぶん薄まったオレンジジュースをひと口含んで問いかけると、
「俺そこできたよ」
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