Long Story

恋の欠片 No.4

「俺がここへ来たのは君を普通の高校生に戻すためだ。それはわかっているんだろう?」    
 十六夜は握り続けたあたしの腕を投げ捨てるように手放す。
「……わかってる、けど」
「じゃあ何故『隣同士なだけ』が不満なんだ」
 しどろもどろなあたしの言葉を、十六夜は畳み掛けるように被せた。
「君は人間で、俺は人間じゃない。知っているだろう?」
「それは……っ!」
「知ってもなお、同等の関係になれると思ったか? 友達にでも、なったつもりでいたのか?」
 呆然と自分の腕を見るあたしを一瞥して、睨みつける。
 友達になった、つもり。
 つまり友達じゃなくなったんじゃなくて、そもそも友達にさえなっていなかった。そう言いたいらしい。
 大切な思い出がごみ扱いされた気がして、一瞬で理性が千切れた。
 あたしたちが培ってきた関係は何だったのだろう。過ごしてきた日々は、一体何だったのだろう。
 粉々になるふたりの関係を目の当たりにすると、何故だか無性におかしさが込みあげてきて、あたしは笑い出してしまった。明るさも楽しさも含まない声が、校舎の壁で跳ね返って虚しく響く。
「……何だ。あたしの勘違いだったんだ、馬鹿みたい」
 人に対してきちんと謝罪できるプライドは持ちあわせているつもりだった。気遣いだって人並みにできると思っていたのに、あたしの決めつけでしかないと十六夜に教えられた。
「友達でもないって言うなら、あたしに優しくしないでよ。今みたいにしかめっ面で、義務でハートを守ればいいじゃない!」
 自分の行いを棚に上げて十六夜を睨み返した。友達だと思っていた人に根本から否定された今、自分をまっすぐ伝えられるほど、あたしは強い人間じゃない。
 仲良くしてほしい。優しくしてほしい。あたしを……見てほしい。
 自分の気持ちと口から滑る言葉のズレが胸に刺さる。
「どうしてよ……どうしてあたしの近くにいるの?」
 風が吹き抜ける。彼は顔にかぶさる髪を振り払わずに、じっと立っていた。風が止んだ時、十六夜は静かに口を開いた。そして。
 あたしが最も聞きたくなかったことをおもむろに告げる。
「ハートを調査・回収するためだ。君のそばに――『八重樫萱』の近くにいたかったわけじゃ、ない」
 冷たいだけの言葉を耳にした直後。全身が打ち震えるのを感じた。
 お腹の奥底に沈んだ光の粒子が、体中を駆け抜ける。何が起こっているのか把握するより先に、涙腺が壊れて大粒の涙が溢れた。
 頭の中を粒子が渦巻いている。静電気のようなピリピリとした感触が足から頭へ抜けた後、体が耐えきれず崩れ落ちた。
 全身、痺れている。
「何、これ」
 口に出してみるものの、自分でも愚問なことはわかっていた。過去の経験から、何があたしの意思に応えたのかなんて明白。
 様子を眺めていた十六夜があたしに触れようとしたけれど、その手は何もない空間であっさり弾かれた。
 手触りを確かめるように何度も手を伸ばし、その度に跳ね返る。
「君だって俺と距離を置きたいんだろう?」
 十六夜はあたしの目の前で、コンコンとノックする。
 目に見えなくても固い壁があるのがわかった。お互いの気持ちが、別々の方向を向いていると証明する固い固い壁が。
「はじめて会ったとき、ハートを発動させて俺を拒絶したじゃないか。今と全く同じようにな」
 ゆっくりと手が離れ、十六夜はあたしに背を向ける。
 ――違う、と。違うと言えればよかったのに、喉でつっかえて声にならなかった。
 こんなあたしには、本音よりも言い訳のほうが相応しいのに、それすら口にできなかった。
 彼はあたしだから近くにいたんじゃない。あたしがハートだから、そばにいた。その事実があまりにも苦しくて、ひざをついたまま身動きができないでいた。
 ……十六夜。今のあたしには、あなたの名前さえ重い。
 あたしは立ち去る彼を止めることもできず、ただぼんやり眺め続けていた。
 彼の背中に、何故か寂しそうな魁が重なるのを不思議に思いながら。


 十六夜とトラブルを起こして数日が過ぎ、とうとう期末テストがやってきた。
 そして……見事にやってのけてしまった。
 戻ってきた答案用紙を見て安堵する人が多い中、あたしは自分の能力の低さに呆れている。丸の少ない物理の点数は、四十四点。あたしの範疇は理科まで、なんて冗談すら言えない数字をたたき出してしまった。
 追試……かなぁ。
 夏休みがあんなに楽しみだったのに、追試や補習で一部が潰れてしまうことが残念でならない。ただし、一点だけは感謝している。
 気づかれないよう注意を払って、隣の席に視線をやった。テスト期間中もしつこくあたしの頭を蝕み続けていた例の茶髪は、自分の答案を指でなぞらえながらまじまじと見ている。

しおりを挟む

PageTop