Long Story

真実の欠片 No.1

 本日も梅雨らしく雨。
 学校にほど近い交差点で赤信号に引っ掛かると、あたしと同じブレザーが次々と歩道を埋めていく。灰色の空が透けるビニール傘の上で、パチパチと弾ける雨粒の音を聞き届けながら、あたしは溜め息をついた。
 ……醜態を晒してしまった。
 状況が状況だけに仕方がなかったと、自分を言い聞かせてみるものの。
 足を止めた時だとか携帯を開いた時だとか……気を緩める瞬間があれば即座に、昨夜の記憶が滑り込んできた。その度に、突っ伏したくなる。
 今朝が良い証拠。
 普段より早い時刻に目覚め、肌に馴染んだモスグリーンの布団をぼんやりと眺めていると、次第に覚醒する脳が泣き叫んだ記憶を蘇らせてきた。それどころか、事実だと見せつけるように克明に思い出させる。恥ずかしい。
 自分の無様な姿を打ち消したくて枕に向かって叫びまくった。顔は真っ赤だったに違いない。
「うぅ……」
 周りに知り合いがいなかったけれど唸った。
 声をからすほど泣いたのはいつぶりか。しかも、恩人でもある十六夜を責め立てた。
 確かに、あの時は気が高ぶってはいた。だけど泥のようにひと晩眠ると、何が起こったかという実態よりも何をやらかしてしまったかという現実が、精神的にキツかった。
 はっきり言おう。逃げたい。学校に行きたくない。
「やだなぁ」
「……何が?」
「うわぁっ!」
 うっかり溢れた本音が、誰かに拾われた。
 茶髪、ロン毛、天真爛漫、騒音の原因――助けてくれた、人。
「十六夜、驚かさないでよ」
 大きめの傘を差した渦中の人が、突っ立っていた。
 もちろん、顔はまともに見られるわけがない。
「こんな道のど真ん中で溜め息ついてちゃダメでしょ。ささ、信号も青に変わったことだし、仲良く同伴といきましょうや」
 まるで何事もなかったような軽い言い回し。手にしたコンビニ袋を揺らしながら、人の波に乗っていそいそと学校へ向かっていった。
 どうせならこのまま、十六夜単品で学校に向かってくれれば良いのだけど、
「おーい! 萱置いてくぞー!」
 ひとりさっさと横断歩道を渡りきったところで、重い足取りのあたしを必要以上の大声量で呼びつけた。傘を振り回していて、もはや雨避けの意味がない。
 今日何度目かの溜め息を吐く。最後のものは、諦めの感情が半数を占めていた。


 我が教室は、閑散としていた。
 始業時間に比べて数十分ほど早く到着したのが理由だと思うけど、片手で足りる人数しかいないのはいかがなものか。
 一年二組の教室には勤勉な生徒が少ないらしい。
 とはいえ日ごろの自分を振り返ると、百歩譲らなくても胸を張れる立場じゃないから口には出せない。
「結局わかんなかった」
 十六夜は席に着くなり、生クリーム大サービスのチョココロネをコンビニ袋から取り出して、豪快にかぶりついた。
「何がわかんなかったの?」
 コンビニで手に入れてきた三個百円のドーナツに舌鼓をうちながら先を促した。十六夜は、首に張りつく髪を掻き上げて続きを話す。
「昨日の原因」
「原因?」
 話が見えない。
 何を言いたいのかは、なんとなくわかるけれど、何を伝えたいのかは想像できなかった。そんなあたしに気づいてか、十六夜はチョココロネをくわえたまま、こちらに体を向けた。
「誰があんなことをしたのか。何が狙いなのか。手を尽くしたけど、さっぱりわからなかった」
 眉をひそめ、握り拳でこめかみをこんこんと叩く。
 渋い顔のまま何かを思い出したそうに目を泳がせるけど、結局何も思いつかなかったらしい。そのままふた口目に突入した。
「そんな簡単にわかるもんなの?」
「誰が、ってのはわかる。普通は、な」
「ふうん?」
 口の端についた生クリームを指ですくいながら、さも当たり前のように言った。
 残念ながら、あたしはさっぱり追いつけていなくて、頭の中には記号ばかり浮かぶ。
「まず、あれが何だったのかってことから説明する気ない?」
「うーん……想像してるので大体あってると思うけど」
 きょろきょろと、十六夜は周囲をうかがって目配せをする。
 朝早くに集合しているので、これでも声は絞って話している。
 日頃から早く登校している数名の優等生たちは、本を読んだり睡眠をとったりと、あたしたちの声を気に留めている様子がないのが幸いだった。
 ただし、内容が内容だけにあまり聞かれたくない話ではある。多少であればゲームだとか漫画だとかで誤魔化せるんだけど、深くは追求されたくない。
「……魔法ってこと?」
 ドーナツを飲み下してから、十六夜にやっと届く程度の声で囁いた。
 十六夜もあたしに釣られるように、手の平を口元にあててコッソリと言う。
「限りなく近い」
「…………」
 こういった、あまりにも非現実的な話を展開された時、普通はどんな反応をするのだろう。昨日のあたしのように夢オチを願うパターンは多いと思うけれど、否が応でも信じざるを得ない時、普通はどうするんだろう。
 あたしの場合は、十六夜の出現そのものが非現実的だったせいか、驚くほど自然に受け止めていた。あんな、天に瞬く星全てが流れ星と化したような光景を認めてしまえるのも、十六夜がそこにいるという事実が、現実が、あたしを変えてしまったからだ。
 例えば、あたしもみんなと同じように記憶を塗り替えられて、十六夜ははじめからそこにいた、ってことになっていたら、多分話を聞こうともしなかった。

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