Long Story

真実の欠片 No.11

「聞きたいなら、何度でも言ってあげる」
 怠惰の指が、飢えた獣を愛おしそうに撫でた。感触を確かめるように体毛をすくと、彼女はスッ、と目を細める。
「何トチ狂ったこと言ってるんだよ。俺を消すことが何を意味するのか、わかっているだろ」
 十六夜が一歩、また一歩と前進する。怠惰を咎める声は相手を見事に否定しているけれど、あたしと徐々に離れる姿は彼女の言葉を引き受けた証拠だ。
「消すのがタブーってこと? そんなのどうだっていいわ。あなたさえいなくなってくれるなら、どうだって……!」
 自分の体は怠惰の視線から外れているというのに、彼女の鬼気迫る感情が皮膚に突き刺さる。それをまともに受け止めている十六夜の背中が、あたしに伝える。
 俺のそばから離れろ、と。
「行きな!」
 鞭の合図と共に豹が駆ける。速い。
 直面する十六夜は杖を地面に突き立てる。柄を基点に湧くのは黄金の鎖。大地を這いまわり、迫りくる豹を縛りつける。
 だけど、先頭の一匹には間に合わなかった。捕らえ損ねた豹は、十六夜が体を起こすことを認めない。驚異的な素早さは生物というより、もはや風。
 十六夜は体をさばき間一髪で避けたけれど、鋭い爪はズボンをかすめた。顔を歪めて振り返り、足が着く寸前の豹を蹴り飛ばす。大きく弾んだ豹はパズルを崩すかのようにバラバラになり、消滅した。
 続く攻撃。
「脇が甘い!」
 泳ぐ鞭が十六夜を狙う。瞬時に反応して構えるも、間に合わない。
「……くっ」
 反撃を目論む腕を鞭が捕らえた。腕に巻きつき十六夜の体を軽々と釣り上げる。それでも十六夜は諦めない。時計台の頂上に着地すると、たるんだ鞭を力の限り引き寄せる。怠惰は鞭を離してしまった。
「もうちょっと本気出してよ、叡智。じゃないと面白くもないじゃない」
 怠惰の両手には赤い三日月。体を落下させる十六夜も青い三日月を握る。
 双方同時に放ち――衝突。
 互いの距離が狭くなる中、次々と三日月は繰り出される。発光、交錯、発光、交錯交錯交錯――。毒々しい赤と青が混ざることなく膨れ、ふたりの姿を見えなくさせた。
 光が収まり大地へ器用に降りた十六夜。立ち上がった時にはもう次の魔法を発動させていた。
「勘違いするな。俺の目的は、あくまでハートだ」
 凄みを増していく彼を取り囲んで新緑が芽吹く。劇的に量を増やす若葉はイバラへ変化し、何度も増殖を重ねて怠惰を狙った。
「つまらないの」
 彼女は靴のかかとを打ち鳴らす。その途端、今にも怠惰の頬に触れようとしたイバラがぴたりと動きを止める。
 怠惰は微動だにせず掴んだ鞭でひと薙ぎ。イバラは広場の半分近くを緑化していたが、たったひと薙ぎで一掃された。
 その間も、十六夜は攻撃の手を休めない。
「だから早く立ち去れ怠惰! ハートの話は、おまえに関係ないはずだ!」
 杖から伸びるのは天を断ち切る深紅の光線。雲を突き抜け空まで届くそれを、十六夜は怠惰へ振り落とす。
 怠惰もぬかりはない。
 当たらないよう姿を消し、再度現れると大きな光の環を手にしていた。天使の頭で浮いていてもおかしくない見た目。彼女が持つとひどく禍々しく感じる。
「……そうね。確かに関係ないわね」
 呟きと共に怠惰は放った。十六夜は杖で払いのける。
 端からみたら至って冷静な行動だ。払いのけた環は確かに環の形を失った。だけど、消失することなく粉々になるのみ。
 十六夜の脇で散りゆく光の砂は、結合するように互いに引き合う。作られた形は針の山。
 折しも。その先にいるのは――あたし。
「え?」
 目を疑う。
 自分は外野にいた。激しい攻防が手に届きそうな距離で繰り広げられていても、世界からは断絶されていた。本で物語を追いかけている時と同じで、どれだけ臨場感に溢れていても、あくまで見学者として眺めていた。
 怠惰はそうさせてくれない。あたしは見学者じゃなく参加者なんだと叩き込む。
 視線を這わせて怠惰を探した。彼女は長い髪をなびかせ、腕を組みながら体の輪郭を消していく。
 そして。
「関係ないなら、私がハートをどうしようと自由よね」
 あたしの真横でハスキーボイスが囁かれた。冷たく、低く、冷酷さを保った一声。
 できれば聞こえたのも気のせいにしたかった。なぜなら、音だけで距離の近さがわかるからだ。
 ぎこちない動きで首をひねると、あたしの願いは砕かれた。
 歩幅で言うなら、二、三歩といった距離。睫毛の動きまでよくわかる、そんな近さに彼女は立っていた。限りなく妖艶に笑いながら、最終通告を告げる。
「安心して。死なない程度にしといてあげる」

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