Long Story

真実の欠片 No.13

 じゃあ、あたしはどうやって十六夜を突き飛ばしたの……?
「あたし……あたしは」
 正解は喉のすぐそこまで出かかっていた。
 針を粉々にするほどの力があたしの中から生まれた。たった今、この目で見たのだから、どう足掻いても誤摩化しようがない事実。残された行動は頷いて認めてしまうだけだ。
 なのに。それなのに体が拒否をする。心臓を失った機械のように、関節が動こうとしない。
 ――強情者。心の中で自分を罵ると、白濁した脳を邪魔する人物が現れた。
「話は終わった? 待っててあげる私の優しさに感謝して頂戴」
 カツカツと、わざとヒールを鳴らせるように怠惰が近寄る。豪華な髪が彼女の歩みに合わせて派手になびいた。
「怠惰。俺を愚弄するのもいい加減にしろよ」
「愚弄した覚えなんてないけど?」
「俺とおまえの関係に萱もハートも関係ない。そう知っていて何故巻き込む?」
 十六夜はあたしから体を離し、背を向ける。
「少しは自分で考えたらどう」
 怠惰は嬉しそうに答えた。十六夜が焦っているのが楽しくて仕方がないといった態度。
 どこまで本気であたしを傷つけるつもりなのか理解できなかったけれど、ひとつだけわかることがあった。
 彼女は十六夜を煽っている。あくまで狙いは十六夜で、あたしは十六夜を慌てさせる餌にすぎない。現に、今の十六夜は近寄るのを迷ってしまうくらい苛立っている。
 十六夜のシャツの裾を握った。握っていないととんでもないことが起きてしまいそうで。
 だけど正面を睨みつけたままの十六夜は、それを拒否する。あたしの手首を掴むと、服から引きはがしてきた。
「……萱。すぐ戻るから、しばらくここで待っていてほしい」
「え」
「怠惰をどうにかしてくる」
 彼は掴んだままの手首をそっと離す。十六夜の手の形をした熱が、晒された素肌から急激に失われていった。凍える手首を抱きしめて、あたしは遠ざかっていく背中を引き止めようと言葉をかける。
「待って十六夜! ひとりにしないで」
 不安だった。一旦手にいれた安心感が離れるなんて、耐えられそうになかった。
 十六夜は歩みを一瞬止め、苦い顔をして振り向く。
「萱の体なら、ハートが守ってくれるから」
「そうじゃなくてあたしは!」
 なんてわがままなんだろう。
 十六夜はあたしの不安を消し去ろうとしてくれている。それが十分理解できるのに、あたしは自分に都合のいいことばかり願う。
 そばにいてほしい。不安を取り除いてほしい。
 全てを知る勇気さえないくせに、そんな都合のいいことばかりを願う。
 現実と相反する感情があたしを覆い尽くして、それ以上何も言えなかった。わなわなと、首を振るしかできなかった。
 丁度その時。
「十六夜さん! 萱さん!」
 聞き慣れた声が彼の隣に現れる。
「邪羅さん……」
 赤茶けた髪を翻し、何もないところからさも当たり前のように現れてきた。
「魁を見ませんでしたか」
 槍を水平に構え、十六夜を見ずに辺りを警戒している。
「見ていない」
 十六夜は、怠惰へにじり寄る足はそのままで短く答える。怠惰は何故か何も仕掛けてこようとしない。腕を組み、薄く笑って見守るのみ。
「大きな力を感じた時に消えまして。もしかして先ほどのは……」
 邪羅さんはあたしを一瞥する。十六夜は背中でそれを肯定した。
「ハートの力だ」
「やはり!」
 邪羅さんは切れ長の瞳を大きく見開き、あたしを凝視した。
「邪羅すまない、萱を任せていいか」
「え」
 あたしと邪羅さんの声が重なった。
「怠惰を帰らせてくる」
「魁がここにくるかもしれな」
「――萱」
 制する邪羅さんの声を遮り、十六夜はあたしの名を呼ぶ。彼は振り返ろうとする気配が全くない。杖の照準を怠惰に合わせ、ぼそりと呟く。
「一緒にいてやれなくてごめん。終わったらすぐ戻るから」
「いざ……!」
 そうして、あたしが名前を呼び返すのを待つことなく彼は姿を消した。怠惰の姿もそこにはなく、残されたのはあたしと邪羅さんだけだった。
「大丈夫、ですか?」
 うなだれるあたしに近寄り、恐る恐るといった様子で声をかける邪羅さん。
 大丈夫というのは、何を指しているのだろう。体はどう見ても無事なのだから、精神的なダメージを気遣っているのだろうか。
 そんなに酷い顔をしているのかと思い、必死で明るい雰囲気を取り繕う。

しおりを挟む

PageTop