Long Story

真実の欠片 No.15

 鮮やかな筋が浮かび上がり、おびただしい量の血が溢れてくる。手で押さえ込んでも、指の隙間から漏れるばかりで止まる気配がない。 
 あたしは足元にできていく血の染みから視線を外し、邪羅さんを探そうと顔を上げた。
 彼の無事な姿を見たかったのだけれど、誰もいない。魁さえいない。
 どこへ行ったのかと辺りを見渡していたら、
「萱!」
 探していた人物と違う声に呼ばれた。
 振り返ると、十六夜があたしの手首を凝視して呆然と立っていた。こちらへ慌てて駆け寄り、傷口を押さえたあたしの手に彼の手を重ねてきた。間近で見る十六夜の頬が、細かく震えている。
「ごめん。俺がそばにいなかったから」
 伏せられた視線が足元の血溜まりで停止している。
「止血すれば大丈夫だよ」
 目を合わせない十六夜に笑いかける。出血の量は減っているので、あたしの体は心配ない。むしろ消えた邪羅さんのほうが心配だ。
 十六夜がいない間に何が起こったのか説明しようと口を開いた時、ふと強烈な違和感を覚えた。違和感の元は十六夜の足だ。
 一本筋に破れている制服のズボン。赤い傷口が見えることから、黒豹にやられた時の痕というのはわかる。
 あたしにも傷があるのに、ふたりには大きな違いがある。
 どうして――。
「どうして十六夜は血が出てないの」
 十六夜の傷口は出血した痕が見られない。
 そう言えば邪羅さんも同じだった。魁に斬りつけられた時も、血が出ていなかった。瞬間を目の当たりにした時は不思議にすら思わなかったけれど……血が出ないなんておかしい。
 十六夜は血まみれになった自分の手のひらを、苦そうに見つめながら呟く。
「俺もわからん。俺が出血してないってことより、萱が出血していることのほうが」
 意味がわからない。
 傷ができたら出血するのは当たり前だ。それなのに、出血そのものがおかしいという口ぶりをする。
「どういうこと」
 当然浮かんだ疑問を投げかけると、十六夜はふわりと笑った。
「後でゆっくり話をしよう。な?」
 血に濡れた手をぐっと握り、十六夜は杖を構え直した。あたしの背後を睨みつけている。視線を辿ると、妖艶な笑顔を浮かべる美女、怠惰の姿があった。
「美しい光景ね。叡智なんか辞めて本当の人間になったら?」
「うるさい」
 低く吐き捨てる言葉が場の空気を一変させた。絶対零度の怒りが彼から滲んでくる。
「よくも萱を傷つけたな」
「役割を放棄したのはあなたでしょう?」
「あぁそうだ。俺自身にも本気で腹が立つ。けどな」
 十六夜の杖が、主人の感情と連動するように不気味な光を帯びだした。怠惰へ近寄るごとに、荒々しいリズムを刻む。
「お前を絶対許さない」
 十六夜から発せられる圧が増した。手が届く距離なのに、見えない何かの力があたしの体を押し返す。足が後ろに追いやられ、あたしと十六夜の間があいていく。
 怠惰を見た。鮮やかな唇は勝ち誇ったような笑みをたたえる。
 きっと、彼女の計画通りなんだろう。現に十六夜は我を忘れている。
「落ち着いて十六夜。あたし大丈夫だから」
 足を踏み出す。水中で歩くような錯覚を起こすほど、圧力が強い。触れられる近さまで一歩ずつ十六夜に歩み寄ると、それを察したのか十六夜がこちらに振り返った。
「萱はここで待っててくれ。すぐに終わらせる」
「十六夜だめ。行っちゃだめ」
 やっとの思いで手を伸ばしたけれど、掴めたはずの彼の手は、もうそこにはなかった。指先は虚しく空を切る。
 十六夜は目の前で姿を消した。間に合わなかった……。
 そんなあたしに追い討ちをかけるのは、突然こだまする怠惰の悲鳴。
「え?」
 この駅にいる全ての人に届きそうな大絶叫。
 嫌な予感がする。
 必死に目を走らせて怠惰の姿を探す。人の隙間や建物の影。動いているものはないかとしらみつぶしに視線を這わせた。
 地面に横たわる金髪に気づいたのは数秒後。怠惰はよろけながら、何とか立ち上がる。朧げにしか見えないこの距離でも大きなダメージを受けているのがわかった。
 そして、身の毛もよだつ光景を目撃する。
 怠惰の長い髪がはらりと舞った瞬間、髪の隙間から怠惰の腕が見えたけれど。
 左腕の肘から下が――なかった。
 足元からぞくりとした寒気が走る。
 腕をなくすほどの酷い惨劇。誰がやったかなんて、考えるまでもない。否定したくても、怠惰の傍には追い打ちをかけようとする彼がいる。
「十六夜! やめて!」
 冷酷に怠惰を見下す彼を見て、咄嗟に叫んで飛びだした。
 血が滴る。腕が痺れる。
 それでも走った。十六夜の元へ行きたかった。
「十六夜……十六夜……」
 こっちを見ようとしない彼の名が、口からぽろぽろと落ちる。もつれる足を引きずって、一歩でも早く辿り着こうと賢明に駆けた。
 あたし馬鹿だ。
 意固地にならず、ハートや十六夜のことを受け止めていればこんなことには……。
 後悔したって遅い。でも、憎しみで歪んだ顔なんて見たくない。こぼれるような笑顔が見たい。

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