Long Story

真実の欠片 No.2

 だけど、全てを知るにはあまりにも早い。
「十六夜は……その」
 語尾がどうしても尻すぼみになってしまう。十六夜は魔法使いなのか、と聞きたくても勇気が出ない。
 きっと、自分が他人と違うことを認めたくないんだ。昨夜のあれを魔法だと認められても、自分が深く関係しているとしても、あくまで自分は普通の人でいたかった。
 知りすぎることが恐い。夕立が雨を降らせる様子によく似ている。
 嵐のようにやってきては素早く過ぎ去った出来事。大地に水が溢れるのと同じで、知りたい気持ちは予想を遥かに上まわった情報を得て、知りたくない気持ちへと変わった。
 机の古い傷をぼんやり見つめる。十六夜がチョココロネを堪能し終わっても、変わらず傷を見続けた。
 十六夜はそんなあたしに気づいてか、底抜けに軽く言い放つ。
「ま、肩肘張る必要ないさ。俺がいることだし、ふとした瞬間に何もかも解決してるかもな」
 ちらりと見上げた。
 ふわりとした笑顔と視線が重なる。あたしへの気遣いがにじみ出る笑い方。
 この人は優しい。こんな表情させてしまう自分が悲しいけれど、今はこの優しさに甘えさせてほしい。
 彼はパンを包んでいた袋をコンビニ袋に放り込むと、ドーナツが一向に減らないのに目をつけ、
「いらないなら頂戴」
 身を乗り出してあたしの机にまで手を伸ばしてきた。むろん、到達する前に叩き落とす。
「いらないなんて、言ってない」
「ちぇ」
 心底悔しそうにそっぽ向いたあと、そうだと手を鳴らして鞄からノートを取り出す。昨日修行を積んだノートだ。
「とりあえず、最低限だけ覚えておいて」
 そう言って、ノートと同時に取り出したペンケースからシャーペンを取り出し、ノックした。
「俺と、萱と、例のあれ……まぁ敵だな。それを構図にすると、だ」
 ふたつ目のドーナツを口にしながら、あたしは彼の机の上を覗き込んだ。
 十六夜は『萱』『俺』『敵』と書き込み、それぞれ対象から対象へ矢印を引いた。ちょうど三角形の頂点に名前がきている状態で、対角線上に矢印が乗っている。
「こんな感じかな。まずは、ここ」
 トントン、とシャーペンの先で『俺から萱』の矢印にハートの保護・回収と書き記す。見慣れない単語。
「ハートって何?」
「萱が持ってる……ババ抜きのババみたいなもんさ」
 ババですか。
 どうしてそんな表現をするのか。疑問は、先ほどのふわりとした笑顔が蘇って即座に消える。
 ……ありがとう。心の中で感謝した。
「次はここ」
 『敵から萱』の矢印にハートが狙い? とした。そのまま『俺から敵』と『敵から俺』はクエスチョンマークを入れる。
 口元をふさぎながらしばらく考え『俺から敵』に注意点を追記した。
「この『倒す? 倒さない?』ってのは何」
「動きにくいってこと。さっきも言ったけど、あそこにいるだけで相手が誰なのか、普通わかるはずなんだ。それが、わからなかった」
「わからなかったらどうなるの」
「どうなるっていうより、わからないこと自体が異常ってこと。もし萱の周りに不審者が現れたら教えて」
 不審者ねぇ。
 当然ながら、ぱっと思い浮かぶのは目の前の人物。周りの人の記憶を消して学校に侵入なんて、不審者と呼ぶに相応しい。
「もちろん、俺以外の不審者ね」
 指差す直前に先手を打たれた。
 浮いた手は、コーヒーのペットボトルを握りしめてごまかす。唇にあてると、コーヒーよりもミルク成分の強い香りがした。
 そうこうしているうちに、教室が騒がしくなりはじめる。始業時間が迫っているようだ。 
 急いで解説を終えてほしいところだけど、まだ全部埋まっていない。『萱から敵』と『萱から俺』が残っている。
「大事なこと忘れてた」
 十六夜がサササッと『萱から俺』に何か書きこんだ。
 それを見てあたしは固まる。なぜならハートマークだったから。
 同じ流れで『俺から萱』にもハートマークが。
「何してんの」
「物語のヒーロー&ヒロインは、結ばれてこそ王道ストーリー!」
 満足そうな顔しながらひとりで盛り上がる。赤いペンでハートマークを塗ってしまいそうなほど楽し気だ。
 こ、こいつは……。
「あら、アタシのどこが不満なのよ。彼氏にするにはもってこいの逸材でしょ」
 きっと自分はひきつった顔をしてたんだと思う。十六夜はオカマモードで怒ったふりをしている。
 そして、突然立ち上がるなり、
「顔も運動神経も申し分なし! 何が足りないって言うのよ」
 なんて、仁王立ちしながら自己主張をはじめた。

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