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真実の欠片 No.4
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無反応。
「おーい。十六夜君」
あたしは膝のすぐ近くに沈んでいる十六夜の背中を軽くつついた。衝撃を受けたと考えられる場所は避けておいた。多分、肌の色がおぞましい色に変化しているだろうから。
「大丈夫かね」
重ねてつつくと、撫子はパタパタとハンカチを振る。
「あのくらいでダメージ受けてるようじゃ、蘇芳に萱は渡せません」
「撫子さん、一体何をおっしゃるの」
というか、何の話ですか。
そんな疑問が浮かぶと同時、十六夜は勢い良く立ち上がった。
「復活!」
「おかえり単細胞君。復活ついでに質問に答えてもらえるかな」
十六夜は額に汗を浮かべながら腕組みをして撫子を見下ろす。
「松高……だな」
「げ」
あたしと撫子は顔を見合わせ、目をまるくした。
自分たちの更科高校も標準より上ではあるけど、この辺りの高校の中でも群を抜く知能集団が松高こと松原高校だ。制服を見たことなかったから、服装じゃ判断つかなかった。
「あぁいう人が行けるのか松高」
「頭良いはずだよ」
どうして邪羅さんみたいにデキる人が、十六夜の友達なんてやってるんだろう。それが不思議でならない。
「ねーさん、邪羅と一緒に帰った時、学校の話しなかったのか?」
「それがさぁ、昨日はそこまで頭まわらなかったんよね」
彼女はそう答えて、艶やかな黒髪を撫でつけた。慈しむように丁寧に梳く様子を見て、あたしは違和感を覚えた。
……邪羅さんへの敗北宣言した時に見せた表情といい、今回の仕草といい、何だか今日の撫子は機嫌が良さそう。
「何か良いことでもあった?」
浮かんだ疑問をぶつけると、彼女は「えっ!?」と目を大きく見開いて頬をほんのり染める。
予期していなかった反応に面食らった。当の本人も、自分のリアクションに戸惑っているのか口元を隠している。
……はっはぁーん。
あたしは十六夜を手招きして顔を近づけさせた。
「十六夜さん。見ました? あの反応」
「萱さん。思いっきり怪しいですわね。乙女の顔してますわよ」
「邪羅さんから詳しく聞き出さないと」
「今夜張本人とっ捕まえておこうかしら」
「何もないって!」
抗議するのは赤い顔。
説得力ゼロだ。可愛いヤツめ。
「何もないならどうしてそんなに照れてるの」
口どころか顔中がこれでもかというくらい緩む。ニヤニヤが収まらない。
彼女は視線をそらせた。黒い瞳が潤んでいて、思い切り抱きつきたくなるほど可愛い。
「褒められただけよ。髪の毛」
「何て言われたの?」
「『綺麗な髪ですね、良くお似合いですよ』って言われて、触られた」
「いやーん!」
やっぱり我慢きかなかった。あたしは立ち上がり、撫子へぎゅうぎゅうに抱きついた。微かに舞った黒髪から、高級そうなシャンプーの香りが漂う。痛んだ箇所が見当たらない毛先をつまみ上げると、浴室で丁寧に髪の手入れをする撫子が頭に浮かんできた。
自分が入れ込んでいるものを褒められるのって、この上なく最高な気分だろう。彼女の心情を想像すると、こちらも胸が躍ってしまう。
「本当に何もなかったのよ。でも、褒められてから髪の毛が気になっちゃって、さ」
平然を装ってはいるけれど、言葉の節目節目に嬉しさが溶け出している。
抱きついていた腕をほどいて、彼女と視線を重ねた。
あたしはまとまりにくい髪をしているから髪を伸ばしにくい。だから、彼女の髪は凄く憧れてしまう。黒髪ロングって、かっこいいよね。
「口説きのテクニックとしてアリか」
十六夜が女の子独特の話に独り言のような横やりを入れてきた。眉根を寄せてしばらく考え込んだあと、あたしを指差し一言。
「よし! 萱も髪を伸ばすんだ」
「アンタは二度とあたしの髪を触るな」
あたしは冷ややかに応じた。
昨日、髪をぐちゃぐちゃにしただろうが。ましてや口説かれたくもない。
無言で十六夜を睨みつけると、それにしても、と撫子がこちらに向き直った。
「学校来るの、ヤケに早くない?」
撫子は首を傾げて聞いた。普段は撫子より後に登校するから、不思議に思うのも当然だ。
昨日変なヤツに襲われた、なんて言えるわけないし。どうしよう。
手助けを求めて十六夜を視線をやると、彼は机の上にあるノートを見せつけた。
「復習だよ。ほら」
表紙を強調するようにノートを突き出す。心なしか真ん中から曲がっているそのノートには、きっちり『数学』と書いてあった。
「復習ねぇ」
納得していなさそうに、さらに首を傾げ、その後恐ろしいことを言う。
「小テストの勉強もいいけど、もうすぐ期末試験があるのわかってる?」
自分の顔が引きつる音がした。
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