Long Story

真実の欠片 No.5

「……あ、頭の片隅には置いてるけど」
 あまり思い出させないでほしい。これが本音。
「中間テストも理数系、あんまり良くなかったんでしょ? 今回は日本史とかもあるし……高校初の期末が赤点になっても知らないよ」
「うっ」
 痛いところをつかれた。何も言い返せない。
「ま、まぁ。期末が終われば夏休みだし。これこそ高校初じゃね?」
 十六夜が肩をすくめながらフォローしてくれた。
「期末さえクリアすれば夏休みか」
 呟きながら外に続く窓を見る。本来なら校庭がはっきり見える景色なのに、今日は境界線が曖昧だった。校庭と校舎の間に植えられている樹は幹が細く、大きくしなっていた。
 あたしは濁りを見せる窓に重ねて、真夏の青い空を思い浮かべてみる。
 きっと窓は全開。湿気を含んだ風とセミの大合唱が目一杯教室に垂れ込んで、うだるような暑さになるんだろう。想像するだけで汗が滲んできそうだけど、夏がくるのはすごく楽しみ。
 十六夜が言ったように高校初の夏休みに入るんだし、贅沢なくらい遊びつくしたい。
 ポンと名案がひらめいた。
「ねぇ、四人で花火大会行かない?」
 あたし、撫子、十六夜、邪羅さん。と、彼らにリクエストメンバーを指折り伝えた。何で邪羅さんがそこに入るんだ、とでも言いたげな撫子が軽く睨んでくる。あたしの思惑なんてバレバレだと思う。
「わかったよ……ただし! 期末はがんばってよね」
 拗ねたようにそっぽ向きながら渋々承諾する撫子。同時、始業のチャイムが学校中に鳴り響いた。

 翌日。天気予報が外れた日、あたしと十六夜は駅の時計台で待ちぼうけをくらっていた。
 繁華街から逆行した場所に位置するこの駅には、はじめて足を運んだ。住宅街の中心という立地条件なうえ、ちょっとしたショッピングビルもあるのでかなり大きな駅だ。その中にサッカーグラウンド並みの広場があった。待ち合わせ場所として指定されたのは、そこ。
「邪羅さんまだかな」
 隣の十六夜へ問いかける。広場の中心に時計台があったので、目印にぴったりだと思い、ふたりで立っている。
 広さのわりに人はまばらで、閑散としている。
「用事があるとは言ってたけど……ちょっと遅いな」
 広場には買い物袋を下げた人に混じって、灰色の制服がちらほら見え隠れしている。残念ながら、待ち人の姿は見えない。
 無駄になった傘を時計台に立てかけて、空を見上げた。時計の針は待ち合わせの時刻をとうに過ぎている。
 今日ここにきたのは、花火の約束を取りつけるためだ。電話やメールでも良いのだけど、何となく直接伝えたかった。
 とはいえ、ただ待っているだけなのも手持ち無沙汰なので、昨日から考えていたことを、思い切って口にすることにした。
「ねぇ十六夜。聞いてみたかったことがあるんだけど」
「何?」
「人の感情を変えることはできるの?」
 あの日の夜。十六夜は人の記憶を変えられると言った。
 それなら、好きでもない相手を十六夜の力とやらで好きにさせることはできるのか、気になった。
 十六夜は時計台にもたれたまま、腕を組んでしばらく考えたけれど、
「記憶しか変えられないから厳密に言うとできない」
 首を振って、そう答えた。
「そっかぁ」
「ただし、仕向けることはできるけどね」
「仕向ける?」
「例えば、高校ではじめて会った人がいたとする。初対面なわけだ。で、その人と話してみた結果、初恋の相手っていうのが判明したらどうなる?」
「運命的な再会ってこと? 甘い展開だよね。好きになりやすいんじゃない」
「だろ? 記憶を変えられるっていうことは、そういった思い出を勝手に作ることができる。感情を直接どうこうはできないけど、仕向けることはできる」
 なるほどね。
 本当は会ったことがなかったとしても、そういう演出ができてしまうのか。
 頷きながら感心するあたしに冷ややかな視線が突き刺さる。
「横着しようったって、そうはいかないぞ?」
 十六夜は、あたしの悪巧みを勘ぐったように言い当てた。
「何の話かなぁ?」
「声、裏返ってるし」
「うるさい!」
「まぁいいんだけどさ……撫子ねーさんならまだできるけど邪羅は無理だぞ」 
「撫子には力使ってもいいけど、邪羅さんには使いたくないってこと?」
 あたしが軽く噛みつくと、十六夜はもたれた体を起こしてあたしに向き直った。推し量るような視線が、じっと瞳を見つめてくる。
「な、何?」
「邪羅は萱に近い」
「ん?」
「邪羅の場合は、萱と普通の人のちょうど中間みたいになる。記憶を変えたとしても、短時間しか効かないんだ」

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