Long Story

真実の欠片 No.6

 ものすごく含んだ言い回し。喉の奥に何か引っかかる。
 でも、薄々感じていたからすぐに答えは湧き出た。いくら松高に通ってるとはいえ、彼の頭の良さは常人からかけ離れている。
 ――おそらく邪羅さんも十六夜と同じ。同じような力を持った人なんだ。
 十六夜をじっと睨みつけてみる。そんな話聞いてなかったぞ、という念を込めて。
「……そういうことですか」
「そういうことです」
 彼はこともなげに肯定した。
 少しでも邪羅さんと撫子の距離が縮まれば良いと思った。こんなことに十六夜パワーを期待するのは図々しいけど、撫子の喜ぶ顔は、やっぱり見たいものだ。
 でも使えないんじゃ仕方がない。花火大会に期待しよう。
「もうないよ。萱」
 考え込むあたしに、十六夜が静かな声をかけてきた。
「ねーさんや邪羅を含め、もう記憶に手を出すつもりはない」
 街のざわつきに消えいりそうなほど細く、でもしっかりとした呟き。
「誰だって土足で踏みにじられたくないでしょ。プライベートな空間だからね、記憶って」
 髪が風で煽られ、十六夜の表情を隠した。
 ……もしかして。
 あの日の夜、十六夜があたしへ自分の行いを告白した時、とても苦しそうにしていたのを覚えている。それに、なかなか真実を話そうとしなかった。
「記憶を変えるの、嫌だったの?」
「まぁね。でも俺にしかできないからね」
 仕方なかったんだ、と苦笑いを浮かべた。困っているのが手にとるようにわかる。
 あたし……バカだ。浅はかな自分の考えを悔やんだ。
 力を使う人の気持ちも、力を受ける人の気持ちも考えず、自分の理想を作ろうとしたんだ。なんてひどいことを考えたんだろう。
「ごめん。十六夜」
 素直に頭を下げた。あたしが悪い。
「萱が謝ることはないよ。だからまぁ、邪羅の記憶を変えることは諦めてもらいたいけど」
「もう言わないよ」
「助かる。って言っても、やんなきゃいけない時はやんなきゃいけないんだし。結果として俺がヘタレってだけだ」
「それは全力で肯定する」
「……否定してよ」
 彼はがっくりうなだれると、ひと呼吸置いて爽やかに微笑んだ。
「本当はみんなと会うのも、はじめましてからやりたかったんだ。はじめまして蘇芳十六夜です、ってね。いくら手っ取り早いからって、わざわざ記憶をすりかえて潜入する必要なんてないって思わない?」
「そうだよね。数ヶ月前なら入学式だし、そん時から居れば良かったんじゃ」
「俺もそう思う」
 ふたり同時に笑いあう。過去のことを言ったってどうしようもないけれど、何だか無性におかしかった。
 十六夜と話していると、穏やかな空気が流れる時がある。彼の性格が空気まで染めていくのかは知らないけれど、あたしはそれが心地よくて好きだった。
 心臓が静かに脈打つのを感じながら、いつまでも噛み締めていたかったこの時間。
 そう長くは続かなかった。
 ――待ち望んだ人が現れる前に、大嫌いな耳鳴りが辺りに響きわたる。

 時間というのは、音にも影響があるらしい。
 耳鳴りがぴたりと止んだ直後に訪れた世界で、例の空間へ巻き込まれたと気づかされた。
 比喩でもなんでもない真の無音。密閉された部屋に閉じ込められたような、嫌な閉塞感が全身を襲う。普段感じたことのある静寂が、どれだけ雑音にまみれているのか、改めて認識させられた。
「十六夜、これって」
 隣の人物を覗き込むと、彼は大きな瞳をさらに見開いて目を走らせていた。微妙な違いをも逃さないとした厳しい目つき。あたしはもう一度口を開こうとしたけれど、ほんの……ほんの些細な音を耳が拾って、即座に視線を向けた。
 方角は真正面。音はおそらく――靴の音。
「誰かいる?」
 声をひそめて見据えた。
 カツン、カツン、と次第に近づく音に警戒していると、人の隙間を縫うように移動する影を見つけた。
「あれは……」
 三十代くらい、だろうか。緑の目に彫りの深い容姿、白い肌をした女性が人混みをすり抜けてきた。洋画にでも出演していそうなその風貌は、明らかに日本人ではない。
怠惰たいだか?」
 十六夜が低く問う。

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