Long Story

真実の欠片 No.9

 視線を落として、砂利が点々とついた自分の膝を見つめた。積み重なっていく話を整理したいところだけれど、あたしに考えるゆとりは与えられていないらしい。
 垂れた前髪の上に、金属の棒が見える。その向こうには邪羅さんのかかと。棒を辿って天を仰ぐ。太陽に重なる邪羅さんの手には、長い槍が握られていた。身長よりも高いそれを握り、細い枝を扱うように軽々と振り上げる――同時。金属同士がぶつかる硬い音が響いた。邪羅さんの真上には、真っ黒い塊。
「重っ……」
 塊を槍の柄で受け止めた邪羅さんは、苦しみの声を漏らすと塊ごと大きく突き放した。こちらの様子に気づいた十六夜が大慌てで戻り、立ち上がるあたしを背中に庇った。
「ごめん! 萱」
「僕には何もなしですか」
「感謝はしてる」
「……少々ひっかかる言い方ですが、まぁ良いでしょう。そんなことより気にしなければならないことがあるようですしね」
 長い槍で風を斬って、邪羅さんは十六夜の前に踊り出る。ふたりの奥には邪羅さんに吹き飛ばされた、暗闇のような人がいる。
 真っ先に目についたのはサラサラの黒髪。次に目についたのは、握りしめた漆黒の剣。全身が黒で覆われ、素肌が見えるのは手と顔のみだった。体格や身長から男性だとわかるけれど、その目鼻立ちは男性なのか女性なのか判別つきにくい。表情は、無表情を通り越して『無』に満ちている。そう感じてしまうのは、微動だにしない瞳が、陽の光さえ全く太刀打ちできないような暗さを帯びているからだ。そんな両の目が、ゆっくりとした動きであたしを捕らえ、視線が交わった瞬間。世界からあたしたち以外が消し飛んだ気がした。音も熱も届かない場所に呆然と立ちつくし、そこに在るのは感情だけ。
 愛しさ、尊さ、慈しみ……たくさんの正の感情と。
 哀しさ、淋しさ、恐れ……たくさんの負の感情。
 色に分けるなら白と黒。温かく冷たい様々な感情が体へ一気に流れ込み、渦巻き、あたしを飲み込んだ。 
 感情の濁流に翻弄されながら、あたしは本能の導くまま、あることを確信した。非常に曖昧で、あやふやな根拠。だけど疑う余地さえない、確かなこと。あたし――この人知ってる。
「この前攻撃してきたのは、おまえか」
 十六夜が杖を突き出して黒髪に問う。彼は薄い唇を硬く閉ざしたまま動かなかった。そんな彼を見ながら、邪羅さんは肩をすくめる。
「変な気配を持った人ですね。お知り合いですか、十六夜さん」
「いや、知らない。邪羅はわかるのか」
「あなたが知らないことを、僕がわかるわけないじゃないですか」
 後ろにいるあたしに届くか届かないかくらいの声量で会話をかわしていると、怠惰が黒髪の隣に現れ、彼の肩へ手を置いた。
「紹介してあげる。新しいボーイフレンドよ。名前はかい。私がつけたのよ、良い名前でしょう」
 怠惰は、魁のあごに赤い爪を滑らせたあと、指をおもむろに唇へ運んで舐めた。お酒に酔いしれるように恍惚としながら、うっとりとした流し目をこちらに向ける。
「彼を萱さんに紹介したかったのよ」 
 ――魁。
 血が通っているのか勘ぐってしまうほど、造形は人形と例えるに相応しい。むしろ人形が動いているのかと感じてしまう人工的な美しさ。容姿が整いすぎると、かえって人から遠ざかると聞いたことがある。魁はそんな顔をしていた。
 何度見ても初対面。こんな綺麗な人、一度見たら忘れられない。でもやっぱり、どこかで会ったことある。
 戸惑いが心細くて、腕まくりしている十六夜の腕を握った。何か握っていなければ、魁に吸い寄せられてしまいそうで恐かった。
「そいつを萱に会わせる理由がどこにある」
「理由? 私に理由なんてないわよ。魁と……萱さんにはあると思うけど」
 十六夜は、怠惰と魁を交互に睨んでから急に振り返った。
「萱、大丈夫か」
 あたしの様子を調べるように、茶色い瞳が慌ただしく上下する。あたしは心配をかけたくなくて、掴んだ腕を離して大げさに手を振った。
「あたしは大丈夫」
「そうも言ってられないかもしれませんよ」
 あからさまな強がりを、邪羅さんが上書きした。
 一体何を指しているのか。答えは明白。剣を持ち直した人物がいるからだ。
「来ます!」
 邪羅さんも槍を構え直す。ぎゅっとした緊迫感が辺りに敷き詰められた。そして、空間がゆらり揺れると同時。魁が大地を蹴った。無駄のない動きで駆ける姿は、靴音さえ後ろから追いかける。目と剣の矛先は――あたし。
「くっ……!」
 目標に届くより早く銀の光が走った。剣を受け止めたのは、長い杖。
「萱に手を出すな」
「オマエには関係ない」

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