Short Story

恋のお邪魔虫大作戦 No.1

『放課後、体育館裏で待っています』
 ひと言だけ綴られた1枚の便せん。席を外していた昼休みに、誰かが俺の机に忍ばせたらしい。封筒なし、1文のみ、差出人も不明。
 そっけない内容だが、どんな光景が待ち受けているのかは容易に想像できた。はやる気持ちは放課後である今、自然と足にあらわれる。夏の日光も蒸した空気も、鼓動を早める材料にしかならなかった。紙の感触に心踊らせ、駆ける。
 脳裏をよぎるのはドラマによくあるワンシーンだった。日陰にたたずむ後ろ姿、なびく髪。彼女に近寄る足音はもちろん俺のもので、気配に気づいた細い肩がゆっくり振り返って……。
 安っぽい。ありきたり。だったらなんだ。夢みたいなシーンじゃないか。
 ところが。渡り廊下に踏み出した足は、宙に浮いたまま止まることになる。
「こっちこっち。はよおいで」
 待ち合わせ場所で見たのはツンツンと逆立つ見慣れた髪。俺は問答無用で手紙を握りつぶした。
「なんのつもりだ」
 走り寄りすねを蹴り上げてやったが、手招きした友人――武田はびくともしなかった。
 たった今握りつぶした手紙に怨念をプラスして武田の頬に押しつける。なにがおかしいのか、たいした抵抗もせずにニヤリと笑った。
「もしかして愛の告白でも想像しとった?」
 俺の手を振り払った武田は、白々しいセリフを吐く。あんな手紙、健全な男子高校生が思いつくことなんてひとつに決まってる。決まってはいるが、
「んなわけないだろ」
 ……多少の見栄は張りたい。やつのことだ、俺がどんな行動するかを想定して動いてるに違いない。さらに突っ込まれるかと覚悟したが、それ以上言及してこなかった。まぁええわ、と手すりから眼下を眺める。
 俺たちの通う高校は、少しばかり造りが特殊だ。校舎の横に建てられている別館は体育で使用する施設がまとめられていて、1階が柔道場や剣道場、2階が体育館となっている。体育館裏と呼ばれるここは呼び名こそ体育館裏だが、キャットウォークに似た狭い通路が体育館を囲っているだけで、呼び名のイメージほど薄暗くはない。どちらかと言えば、プールや校庭、裏門が見下ろせる見晴らしの良い場所だ。今は放課後だから運動部の連中や帰宅する生徒たちの姿が丸見えだったりする。
 つまり、人探しをするにはほどよい立地、ということだ。
 武田は手すりにもたれかかりながら、目を走らせていた。なにがしたいのか勘づいてはいるが正直どうでも良かった。俺だってその団体に加わりたいんだから。
「……帰ろ。腹減った」
 見切りをつけて帰ろうとしたら、カバンを強く引っ張られた。
「なんだよ。まだ用事あるわけ?」
「ちょっとだけ待ってて。すぐ終わりそう」
 手を離した武田は、軽く身を乗り出して手を振った。
 誰かいるのか? 顔をのぞかせてみたが、気づいた武田に制された。
「まぁまぁ。それより、聞きたいことあるんちゃう?」
 武田は俺の手もとを示す。手の中の手紙は、机に入っていた時の面影がわからないほど、ぐちゃぐちゃになっていた。
 呼び出し自体は武田のいたずらだろうが、実のところ、俺も腑に落ちてはいなかった。
「俺はその手紙を書いてへん。いくらなんでも気づいたんちゃう?」
 そう。問題はそこだ。
 人柄が透けていそうな字は、アクの強い武田の字とは真逆。俺には、こんな字を書く人物が武田のいたずらに加担するとは思えなかった。となると考えつくのは、ただひとつ。
「もしかして、呼びだされたのはおまえか?」
「正解、正解、大せいかーい」
「あきれたやつ」
「なんやの、あきれた、って」
「おまえに届いた手紙を使って俺を呼び出したんだろ? あきれるにきまってんだろ」
 再度帰ろうと武田に背を向けたら、豪快な笑いが後ろから飛んできた。
「そんな心配せんでも告白なんかされてないって! 東君ひとすじやって何べん言うたらわかってくれんの」
「ウザい通り越してただキモい。俺帰る」
「待って! 見捨てんとって! 呼び出したわけはちゃんとあるから!」
「わけ?」
 iPhoneを取り出した武田は、少し操作してから俺に手渡す。シャーペンのクリップを鼻の穴にひっかけてドヤ顔している武田が見切れていた。
「バカじゃないの」
「大阪人にバカって言うたらあかんのですー。って、そうちゃう。後ろ見て」
 撮影したのは学校の廊下なんだろう。少しピンボケだった顔の横に、男子生徒が収まっていた。ピントは男子生徒にあわさっているらしく、やや太った体型がくっきりと写されている。
「この人がどうかした?」
「キーパーソーンその1。1年4組の関純一。知ってる?」
「知らない」
「それは良かった。どうもな、ストーカーまがいのことをしてるらしいねん」
「はぁ!?」
 写真をまじまじと見る。この人物と話したことはないか間接的にでも知り合いではないか。記憶をひっくり返してみたもののなにも思い浮かばなかった。
「その話、誰から聞いたんだ?」
「手紙をくれた子から聞いた。その子が俺を呼び出したのは、関をどうにかしてほしい、って相談するためや」
「間違いないのか?」
「その辺りも含めて調べなあかん」
 どんな人物かなんて想像もしていなかったが、ストーカーだと聞いた瞬間、根暗でプライドばかりが肥大した人物に思えてきた。iPhoneを持つ手に、変な汗がにじんでくる。
「要は、俺ひとりやと手に負えんから東に協力してほしいってこと。で、ここからが本題……と言いたいねんけど。細かい話はオッケーしてくれたら話すわ。無理そうやったら、聞かなかったことにしてほしいし」
 武田はもったいつけるように言った。俺への優しさを持たないやつがわざわざ伝えるってことは、相当な内容なのか? 本物の、ストーカー。
「俺が断ったら?」
「他をあたるわ。ことがことやし、押しつけることはできへん」
 眺めていたiPhoneの液晶画面が、ぷつりと暗転する。画面に写り込む不安そうな自分と目があうと、どくん、と心臓が跳ねた。
「まぁ、この人だけは紹介しておくわ」
 武田は俺の握っていたiPhoneを取り上げて操作した。そして、手渡された画面を見て、俺は愕然とする。
 それは教室の窓際。机に座り、数人の女子に囲まれた子がいた。心の底から楽しそうな笑顔を浮かべている。
「1年6組、五十嵐沙也……キーパーソンその2で、この件の依頼人」
 画面に写る顔を見た瞬間にはもう、依頼を受ける道しか残されていなかった。それは――。
「名づけて『恋のお邪魔虫大作戦』やな」
 俺が密かに想いを寄せている女の子だったから。

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