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光の欠片 No.11
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名前を呼びかけて――絶句。
サラサラとした髪が風で波打っている。撫子は顔を覆われないように、髪をこめかみで押さえていた。彼女の、肩で切りそろえられた黒髪を。
目を疑った。疑うしかなかった。
髪が短くなっている。何をどうやったら、この光景を信じられるんだろう。
手が自然と毛先へ伸びた。指先にチクチクとした感触を感じる。自分の目が狂っていない何よりの証。
目を合わせた撫子は大きな瞳を眩しそうにすっと細め、
「自分で切っちゃった」
いたって冷静に言った。驚きが衝撃へと変わる。
切った? しかも自分で?
撫子は、髪をとても大切にしていた。色気もなく性格も男っぽいと言っていた彼女が、唯一女の子としてこだわろうと決めていた……それが艶やかでとても綺麗な、長い髪。
あたしの価値観とは比べ物にならない、言ってしまえば、撫子の体の一部と言い切って良いほど大切なものだ。
それを、自分で切った?
頭に並ぶ言葉が口まで出てこない。何ひとつ声にならず、彼女の髪と瞳を交互に見つめていた。
背後には流れる水音。厳かな雰囲気がこの場を満たしたけれど、胸を締めつける空気が変化することはなかった。
撫子は鬱陶しそうに髪をかき上げようとする。短いのに慣れていないのか、髪が存在した部分まで流そうとして、はっとしていた。そして、髪と空気の境にある毛先へ寂しそうに手を添える。
「区切りを見つけたかったから。だから切った」
撫子は呆気にとられるあたしを見ると、電話越しに何度も聞いた穏やかな溜め息を吐き出した。あたしと十六夜を見比べたあと、単語を区切るように丁寧に話しはじめる。
「ごめん、ふたりとも。あたし、やっぱり話せない」
「……撫子?」
「ずっと考えてた。誰と何があったかなんてどうせバレてるんだから、話したほうがいいって」
瞳を伏せて、唇を震わせる。
「でも、あの日見た光景はどうしても受け入れられなかった。腕のアザをどれだけ見ても信じられなくて」
困ったような苦笑いを浮かべた。
「話すことで、事実だって認めるのが怖かった……ううん。今でも、ちょっと怖い」
どこからか飛ばされてきたのか、小さな麦わら帽子が足元へ流れつく。十六夜が拾い上げると、跳ねるようなサンダルの音が近づいてきた。虫取り網を抱えた頭へポンと乗せてやると、小さな顔には大きな笑み。立ち去る背中を見送ると、撫子は改めて口を開く。
「本当はね。今日呼んだのって、話すことが目的じゃなかった」
「……だろうな。そんな気はしてた」
去り行く背中を一番長く見つめていた十六夜が、撫子の発言に慌てることなく頷く。
「俺が呼ばれた時点でおかしいと思っていた。話すだけなら萱ひとりで十分だろうし」
もっとも、呼ばれなくてもついていくけどな。撫子に聞こえない程度にボソリと継ぎ足す。
「元々話すつもりなかったんだろ? 俺たちの顔見てから迷うなんて、ねーさんの性格から考えると、まずないだろうし」
「まさか蘇芳に気づかれるとは思わなかったけどね」
「……ねーさんの目に俺はどう映ってるんだよ」
「番犬だけど」
「ちょ、ちょっと待って!」
盛り上がるふたりに割り込み、状況を整理する。
話すつもりがなかったこと。十六夜をわざわざ呼んだこと。
深く考えなくても辿り着く、たったひとつの答え。
体中の血が足元に落ち、ぐらりと視界が揺れる。心配そうにこちらを見る十六夜を一瞥したあと、勇気を出して彼女の顔を直視した。それでも呼吸は困難で。
「わかった? あたしの目的」
「なで……しこ」
上手く名前が呼べない。
簡単なことなのに、簡単にできない。
「決着つけたかった。でも怖くてさ。だから萱に嘘ついちゃった」
首を傾げながら、ごめんねと言う撫子。
嘘なんて、どうだっていい。そんなことよりも!
動揺に満たされ、力がどんどん抜けていく。耳を押さえて頭を振った、その瞬間。
「――きたぞ」
十六夜の声。
撫子の背中、遠くに立ち止まるひとりの影。
「邪羅、さん」
ぎくり、とした。
相手の顔が見えない距離のはずなのに、以前の十六夜を思い起こさせる目を感じる。
撫子はあたしたちを見たまま、まだ振り返らない。
「ねーさん」
十六夜が遠慮がちに声をかける。肩が小刻みに震えているのが、髪の揺れでわかった。
「……やっぱり怖いみたい。ここまで来たっていうのに」
目では確認できない、服に隠れたアザを手のひらで守るようにぎゅっと包みこむ。決意は固いはずなのに、俯いたままの視線。
あたしよりも大きな体が、小さく見えた。
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