掴まれた腕を力ずくで引き剥がそうとしたけれど、無理だった。腕にこもる力がどんどん強くなる。痛みから気持ちが反発していくのを感じた。
「離してよ! あたしは関係ない!」
これじゃただのヒステリーだ。
「あたしが何したって言うの?」
これじゃただの八つ当たりだ。
「あたし……何もしてないじゃない。何でこんな目に遭わなきゃなんないの?」
逃避の心が次から次へと口から滑り落ちる。止まらない。
「あたしを巻き込まないでよ! あんただけでどうにかしてよ!」
最低だ。あたし。
人目もはばからず、思いつく限りの責める言葉を並び立てた。そんなことしたところで、何も変わらないことなんてわかっている。十六夜を傷つけるだけだ。何も変わらない……どうにもならない!
ぐちゃぐちゃだった。気持ちも、泣き散らした顔も。
しゃくりあげるほど涙を流した。十六夜はひたすら黙っていた。
ようやく落ち着いたころ、頭に骨張った感触が乗った。
十六夜の手のひらだ。
ポンポンと軽く叩かれ、髪の毛をグシャグシャにされた。
「何すんのさ!」
手ぐしで髪を整えると、十六夜はふっ、と息を漏らした。
瞳に映りこむ外灯の光は、切なくなるほど柔らかい。
「――俺は君へ会いにきたんだ。萱」
子供をあやすような優しい声。
「その一番の目的は、君を普通の高校生に戻すことだ」
「…………」
「今回起きたことは、俺も知らされていなかった。だから、危険な目に遭わせたりしない、なんてセリフ言えないんだけどさ」
「…………」
「君を守るから。そして、必ず普通にしてみせる」
――さっき十六夜はトラを一撃で倒した。多分光の雨から守ってくれたのも十六夜だと思う。
高ぶった気持ちが静かになっていくのを感じた。普通の人生から取りこぼされた怖さは変わらない。変わりようがない。
でも、あたしが頼れるのは十六夜だ。十六夜だけなんだ。
「わかった、信じる。だから」
ひとりにしないで。
声には出さなかった。
記憶の欠片編 End