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真実の欠片 No.12
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視界に映る全ての動くものが減速していった。
怠惰の瞬きも、唇の動きも……針の動きでさえスローモーションのよう。
音までくぐもって聞こえる中、加速するばかりの呼吸がはっきりと耳に届いた。針の向こうでは、怠惰の声を受けた十六夜がゆっくり振り返り、今、あたしと目があう。
だけど、遅い。
何が起きているのか。彼が把握した時に針はもう、あたしの目の前だった。
体の大きさを優に追い越す大量の尖りを見て、背筋にぞくりと悪寒が走る。
――刺される!
瞳を開けているのが耐えられなくて、両手で顔を覆った瞬間。
ちょうど十六夜があたしの名を叫んだ時だった。
お腹の底にピリッとした痛みを感じる。刺されたと咄嗟に思ったけれど違った。静電気のようなそれは、一瞬で全身を走り抜けて胸の奥に密集し、弾けた。
あたしはのろのろと顔から手を外す。
体の外へ漏れ、波紋と呼ぶには強すぎる圧力が周りを飲み込んでいった。影響を受けたのは、今にもあたしを飲み込もうとしていた針。それに触れたはずみで木っ端微塵となった。
そして、怠惰。
驚きの声をこぼして姿を消し、あたしや十六夜から距離を置いた位置に出現した。
「そう簡単にはいかない、か。ハートも良くできているのね」
慌てた様子で、髪をふわりと舞わせた。
ハート……これが、この変な圧力がハートと呼ばれるもの……?
あたしは両手でこめかみを押さえた。頭の中を光の粒子が渦巻いている。ちかちかと点滅を繰り返して何かを言う。声が聞こえる。
すごく華奢な声。とても小さく、注意しなければ取りこぼしそうな音が体内でリフレインしている。
……誰?
思い当たる声でもないのに肌が知っている。そんな声が外ではなく自分の中から聞こえた。
「何なの」
まだ痺れている手のひらをぼんやり見つめる。皺にピントがあわせられないほど、集中することができなかった。細い声が全ての力を奪っていく。
十五年間歩んできた道の一歩外れた場所にあるような、不自然さを伴う音色だった。記憶というより、魂に刻まれた声と言い切ってしまったほうが、脳みそを辿るより遥かに自然だと感じる。思い出すかどうかじゃなく、ただ知っている。それだけの話。
「萱……」
指の間に見慣れた色が混ざり込んできた。視線を上げると、明らかにうろたえている十六夜がいた。
彼が近くにいる。十六夜自身がどれだけ戸惑いの表情をしていても、今のあたしに十六夜という存在以上に安心を与えてくれるものはなかった。
よほど気を張りつめていたのだろう、暖かな瞳を見た瞬間、置いてきた震えが今更全身を支配する。
「十六夜、あたし、これって」
自分の体に腕をまわして十六夜へ問う。滑らかな会話が出てこなくて、途切れる言葉が口をついて出る。それでもすがる思いで続けようとしたけれど、唇の感覚が怪しくなりだして言葉にならなかった。
十六夜はあたしの全身を確認するように目を走らせる。あたしへ話しても良いのか、間違いなく迷っている。
一旦怠惰へ視線をやり、さらに数秒迷った挙げ句、意を決したようにあたしの肩を掴んだ。
「この戦いが終わったら全部話すから。今は要点だけ言わせてくれ」
怠惰へ気を払いながら、十六夜は重々しく話しはじめる。
その内容に、あたしは驚きを隠せなかった。なぜなら――
「さっきの力、実は今回で二度目だ」
「……え?」
「萱はもうハートとして目覚めている。俺とはじめて会った時から、ずっと」
思考がふっ飛び、頭の中が真っ白になる。
立っているのがやっとな状態のあたしを、肩を強く掴んで支える十六夜。
申し訳なさそうに瞳を伏せながら、あたしを促した。
「その時の朝を思い出してほしい」
「はじめて会った時の朝……」
思考を放棄したあたしは、彼のセリフをそのまま反復した。考えがまとまらない状態で、そう遠くない過去を必死に引っ張り上げる。
はじめて会った時。十六夜が素知らぬ顔で隣に座っていた、あの時を示しているのだろう。友達であるかのように佇んでいた、あの時のことを。
それ以外におかしなことはなかった。十六夜以外は全て普通だった。
「十六夜が隣に座ってて」
ゆらゆらと揺れ動く茶色い瞳に囚われながら、順番に記憶を辿っていく。
確か、今みたいに顔を覗き込まれていた。そして……。
「十六夜が裸になった」
「その前」
あまりにも強烈な記憶だったので、思わず口にしたけれど。
その前、十六夜が脱ぐきっかけとなった理由を思い出す。
「あたしが突き飛ばしたから、だよね」
その弾みで机にぶつかり、椅子をひっくり返したはず。
呑気な光景を思い出すあたしとは逆に、十六夜の表情は険しい。
「本当にそうだったか」
「え?」
「本当に突き飛ばしたのか」
何を……言うの。
十六夜の問いかけは、答えをあからさまに見せつけていた。つまり、あたしは突き飛ばしていないと言いたいんだろう。
だけど十六夜が机をなぎ倒すには、突き飛ばされない限り到底無理な話だ。
そこまで考えて、ひとつの考えが頭をよぎる。
机にぶつかって椅子もひっくり返したとなると、結構な力で突き飛ばしたことになる。はっきり言える。あたしは力いっぱい押していない。そんなことをしたらさすがに覚えている。
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