Long Story

光の欠片 No.28

 この痛みも喉の奥の違和感も、原因はおそらく魁。
 攻撃的で、自分以外はどうでも良くて、そして、ハートを誰よりも求める人。それが魁だ。でも今は、戦いでは見ない穏やかな瞳をしている。ハートの世界に来た時も同じ空気を纏っていた。
 戦いとまるで別人。
 そこに考えが行き着いた瞬間、息が止まった。
 モノクロの世界で時計の音がする。錆びきって、動き方を忘れていたような軋んだ針の音。錯覚に違いないけれど、時間が動き出したのを耳が感じ取った、と。そんな気がしたから、彼の瞳に溶けた色をさらに覗き込んだ。
 ハートの世界での彼と、戦いの彼とで人格が異なること。戦いの人格は残酷なこと。
 似たケースを、知りすぎるほどに良く知っている。憶測だとしても、重なる点が多いこの状況で、否定するのは無理な話だった。
 もしも。
 もしもこの魁が本当の魁だとすれば、戦いの人格はにせもの。すなわち――十六夜や邪羅さんたちと同じ、負の感情に侵された、人。
「まさか」
 思い浮かぶ、もうひとつの仮説に愕然とする。
 認めたくなんて、ない。だけど、魁と対峙するたびに感じた罪悪感を考えれば辻褄が合う。『全部お前のせいだ』と言った、その理由さえも。
「違っ……た」
 違ったんだ。
 唇が痺れて口にするのが怖い。再度瞳を見つめると、ふいに魁が動いた。
 腕が伸びる。避けずに身構えたけれど、指先が体に触れることはなかった。手を止めたんじゃない。あたしの体が存在しないかのように、腕がすり抜けたからだ。
 魁はためらわずに突き進み、体の真ん中を通っていった。衝撃も熱もない。そよ風のような肌触りだけが残った。
 漂っている光の花があたしの体を避けて魁に続く。目で追いかけた先に、魁がひとりでたたずんでいた。淡い光を纏い、何もない場所に視線を巡らせている。
 あ、笑った。
 光の花と戯れて、無邪気に肩を揺らせている。心の底からにじみ出る柔らかな笑みは、魁に良く似合っていた。
 自然と足が向く。少し歩けば、その背中に触れられるだろう。
 辺りを見渡すと、漂っていた光の花が大きなアーチを描いていた。ここから魁の元まで連なり、途切れることなく地の果てまで続いている。その光景は神社の千本鳥居そのもので、白と黒のもっと奥に神様を招いているような厳かな雰囲気があった。
 アーチの端を、少し遠慮してくぐり抜ける。当然だけれど、魁の元へはあっという間に辿り着いた。なんてちっぽけな距離。
 隣に並んでみる。彼が何を見ているのか気になったので、同じように視線を投げた。視界には、やっぱり何も映らない。光の花が交わり、踊る様子しかわからなかった。
 その花が動きをぴたりと止める。ぼたん雪みたいにふわふわと舞い、ゆったりと足下に落ちた。魁は笑みをたたえたまま、花に合わせてしゃがみこむ。海を愛おしそうに撫でてから、何かの輪郭をなぞった。
 ……ついさっき、言葉にどれだけの意味を持たせられるのかに疑問を感じた。おそらく、半分正しくて半分間違い。
 気持ちを口に出すと不確かなものにすり替わる。言い換えれば、あたしの中から外へ伝えると曖昧になるということ。それなら、外から中に取り入れるものも曖昧になっているのかもしれない。見えなくても存在することだってありえる。
 魁に続いて腰を落とした。
 神経か。あるいは自分自身か。
 ぐちゃぐちゃとあたしが細かくなって、白い海に浮いているようだった。だだっぴろい世界に混ざり込むような、そんな気分。
 だからこそ、理解した。理屈じゃなく、ただ感じるままに。
 魁が何を見ているのか。なぜあたしに気づかないのか。肯定するように魁は姿を消し、少し離れた場所に現れる。
「嫌なものなんて、なくなれば良いのに」
 幼子のような声が魁から発せられた。
「そしたらこんな、嫌な気持ちにならないのに」
 むしろ、わがままを言う幼子そのものだった。急に変わった声色にも、何の違和感も持たない。
 それに答えるのは。
「嫌なものにも、ちゃんと意味があるのですよ」
 あたしだった。良く似た声がどこからともなく聞こえてくる。自分の声に間違いないのに、口調が柔らかいから他人のように聞こえる。
 でもあたし。そう理解できるのも、わかるから、としか言いようがない。記憶ではなく、魂に刻まれた声。
「意味があるのは知ってるよ。でも、 人間は嫌なものを嫌うじゃないか」
 魁が返事をした。解決策がないのを知っているのにあえて問いかけた、そんな話しぶりだった。
「そうですね。嫌なもの、ですから」
 あたしの声が、また響く。その声を求めて歩きだした。
 海はこんなに近いのに。あたしはその中に混ざっているのに、どうしても、遠い。
「だけど、今あなたが感じたように、嫌なものがあれば避けたいと皆が思います。そうしなければ……そうでなければ全てが終わってしまいます」
 アーチをくぐるごとに、心が苦しみを訴える。胸を必死に押さえて、どうか暴れないようにと祈った。過去の恩恵を思い浮かべ、足りない優しさは海から湧き出てほしいと、願った。

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