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ハートの欠片 No.26
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しんとした沈黙が訪れる。声をあげると即座に斬りつけられるような嫌な沈黙だった。
急に開けた目の前の風景。頼りない外灯に緑豊かな樹々。平和しか想像できないこの場所で、長い影がゆらりゆらりと迫る。倒れているのは、ふたり。今動けるのは、あたしを除いてひとりしかいない。
首をゆっくりとひねる。静止した体に、長い影が重なる。一秒ごとに一歩近づくような速度で飲まれて行き、とうとう完全に覆われた時。魁は何も言わずに両手を向け、黒い霧を出現させた。
十六夜がおかしくなった、あの時とまるで同じ。
悪夢が蘇る。それを振り払うように頭を強く振った。
あたしが離れると十六夜が刺されてしまう。それだけは、させない。
十六夜にあんな思いを……あんな目に遭わせるくらいなら、自分で受け止めたほうが良い。
黒い霧が無数の錐へ変化する。
これに刺されたら、自分も変わってしまうのだろうか。
十六夜の手にそっと触れた。指先の温かさは生きている証。
この手が、あたしを守ってくれた。髪を撫でてくれた。受け止めてくれた。
もし。あたしがあたしじゃなくなっても、十六夜はあたしに触ってくれる?
都合が良いかもしれない。だけど、この手がここにある限り、きっとあたしはあたしでいられる。
十六夜の手を持ち上げ、両手で固く強く握りしめた。絡まる指から伝わる熱が、気持ちを静める。
失いはしない、十六夜も自分も。
だったら誓おう。
十六夜へ。自分へ。
何より――あたしの中で揺れ続けるハートへ。
「絶対に負けない」
大丈夫、とありったけの気持ちを込めた。その時だった。
今まさに錐があたしを貫こうと爆ぜた時、赤毛をなびかせた背中が現れる。
錐とあたしの間に。
「良く言いました」
邪羅さんだった。
闇は、手を差し伸べる時間を与えてくれない。
音の抜け落ちる静かな空間。涙のしたたりまで聞こえそうな厚い無音に包まれる中、あたしを庇うように立つ影は音もなく射抜かれる。
目の前が、真っ白になった。
「その言葉、忘れないでください。あとは……任せました」
涼し気な声が静寂を壊す。この目に映るのは、背中から突き出た無数の黒い錐。
「邪羅さん!」
何度も何度も呼ぼうとした名前が、喉の奥底からようやく響く。返事代わりとばかりに、彼は振り返ってわずかに微笑み、そのまま魁の足元に崩れた。
血の気が失せ、体が震える。汗が噴き、足が痺れて――衝撃に心臓が掴まれる。
邪羅さんが倒れた。
何だって見通す、あの邪羅さんが。
身を乗り出して彼の熱を確かめようとすると、触れる直前で何かが遮る。爪先に当たった感触はまるで氷。その冷たさに驚き、触れたものに焦点が定まる。
剣だった。
「ハートのここにいる理由が……ハートの惹かれる理由がここにあるのなら、こんな世界なくなってしまえばいい」
抑揚のない声が頭上から注がれる。それは静かに降る雨のようで、肌に吸いついて体内に染みた。蔑みも怒りも含んでいないのに、染みた言葉の数々は恐怖を呼び起こす。
息を吸い、吐き出した直後に強烈な不快感が喉を締めた。吐き気が込み上げる。邪羅さんが刺された、その事実と光景が脳内でフラッシュバックした。
胃がかき混ぜられるような気持ち悪さに口を押さえ、思わず空を仰いだ。
無と、目が合う。
「大事なものなんて消えてしまえばいい。全部」
吐き捨てる。
「全部……オマエのせいだ」
言い返すことができなかった。力がまるで入らず、邪羅さんと魁の姿が消えさった瞬間も、空を呆然と眺めていた。
ほんの数秒だろうか、数分だろうか。
どのくらいの時間そうしていたのかわからないけれど、体にのしかかる重さで我に返った。虫の音が聞こえる。
見渡して辺りを確かめた。そよぐ風に揺らめく木の葉。水分を含んだ空気と、焦げた火薬の匂いが鼻をくすぐった。
胸の不快感も消えている。
「時間が流れてる……元に戻った、の?」
あたしの肩に埋まった十六夜の頭が、何よりの証拠だった。
「大丈夫、十六夜!」
体を引き剥がして肩を揺さぶると、わずかに唇が動く。声にすらならない微小な動きだったけれど、あたしを奮い立たせるには十分だった。
どうにかしないと。
体を支えて立ち上がる。思いのほか体は重く、回した腕を滑らせてしまいそうになったけれど何とか堪えた。
バランスを取りながらベンチに近づき、自分と十六夜のかばんを肩に掛けた。足元に散らばった夏のゴミへ、後で片づけますと心の中で手を合わせる。
ひとまず、十六夜の家へ行こう。それがあたしにできることだから。
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