落ちかけたタオルケットを、肩までそっと掛け直す。
十六夜の意識はおぼつかなくて、気絶している状態とほとんど変わらなかった。ただ、彼の気持ちがそうさせているのか、ゆっくりと足を動かしてくれた。
そうやって、かろうじて十六夜の家へと辿り着く。
十六夜をベッドに寝かせ、公園のゴミ処分と買い物のために家を出た。熱冷ましのジェルシートと飲み物を買って帰宅。今に至る。
あのあと十六夜は熱を出した。しかもかなりの高熱で、寝ているのに苦しそうな唸り声を上げる時がある。その度に、額へ大粒の汗が浮かんだ。
花柄のハンカチで汗を拭い、ジェルシートの上から手をあてる。これ以上のことをしてあげられない自分がもどかしい。
コンビニで十六夜が好みそうなジュースを買ってきた。頬にあてがうと気持ちいいのか、眉間のしわが幾分か和らいだ。
他にできることないかな。
きょろきょろと見渡すけれど、相変わらず殺風景な部屋なので冷やすものがない。扇風機もクーラーさえもない。
部屋の温度を下げてくることを期待して、ベランダの扉は開けておいた。ささやかだけど、風が室内に流れる。
「そういえば……」
風で思い出す。十六夜と復習しようとノートと下敷きを持ってきていた。
今日は花火した日だ……何度忘れたら気が済むんだろう。あたし。
そこまで記憶を追いかけると、当たり前のように四人の騒がしい声まで蘇ってしまった。笑い声ばかり溢れていた、数時間前の出来事。
視線を床に落とす。考え事が途切れると、邪羅さんの背中がまぶたの裏に必ず描かれる。
彼のことだ。例えあたしを助けるためであっても、自分から死を選ぶようなことはしない。だから、邪羅さんは生きていると信じられる。
気になるのは、刺さったのが例の黒い錐だということ。もしかすると、邪羅さんも十六夜のようになるかもしれない。あたしを友達じゃないと否定した、あの頃の十六夜のように。
嫌な予感しかしなかった。考えても考えても、嫌な予感ばかりがよぎるので、考えるのを無理矢理やめた。
今は、十六夜のことだけを見ていよう。
自分のかばんを手繰り寄せて下敷きを探すと、奥のほうで見慣れたランプが光っているのに気がつく。
携帯電話の不在着信ランプだった。
「まさか……お母さん?」
急いで確認する。
着信履歴一件。家。
「こんな時間だもんね、そりゃ心配もするよね」
気を紛らわすための独り言を呟き、どんな言い訳をしようか考えた。本来の帰宅予定時刻を過ぎているのだから怒られるに決まっている。
こんなに遅くなるなら、撫子の家に泊まってくる約束でも取りつけておけば良かった。
待ち受け画面が時を刻むのをぼんやり眺めていた時、ふと、花火後の記憶と現実が突然結びつく。
「そうだ……撫子!」
彼らと駅前で別れたのは、花火が終わってからしばらく経った時だった。邪羅さんは、暗闇でもわかるほど青い顔をしていたから、すぐに復活するとは思えない。
面倒見のいい撫子のことだ、邪羅さんを放置して帰るなんて考えにくい。
ということは、まだ一緒にいる可能性がある。
期待と不安を織り交ぜて、二番目の着信履歴から電話をかけた。
邪羅さんなら頭良いし、十六夜みたいにならず、案外上手くやっているかもしれない。そんなささやかな展開を期待していたけれど。
携帯電話から聞こえる音は、希望を綺麗に打ち砕いた。
一番恐れている、可能性を残して。
『お掛けになった電話番号は、電波の届かない所か電源が入っていないため、掛かりません。お掛けになった電話番号は――』
ハートの欠片編 End