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光の欠片 No.15
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間違いなく撫子が言ったと。彼女が彼女の意志を持って言ったのだと主張する。
撫子が邪羅さんを突き飛ばした。よろめく邪羅さんへ追い打ちをかけるように右手を振りかぶる。
聞こえてくるのは叩かれる音のはずだった。それを覆したのは他ならぬ、あたし。
「だめ!」
誰よりも早く、体が動く。
撫子が邪羅さんを叩く寸前、あたしは撫子を抱きとめていた。
「もういい、もういいから!」
「邪魔しないで萱!」
「いやだ!」
あたしは一体、何を見てきたんだろう。
撫子のことを考えるつもりで、何を見続けていたんだろう。
己の浅はかさを、今までどれだけ悔やんできたか。何度も繰り返し学習してきたはずなのに、結局は自分の価値観でしか考えていなかった。
バカだ。本当に。底抜けのバカだ。
「あたし知ってる。邪羅さんがおかしくなった理由も、元に戻せることも」
撫子は大きく目を見開く。息を飲む音がこちらまで届いた。
「邪羅さんを治せる人も、知ってるから。だから大丈夫」
抱きとめた力を弱めて、必死に笑顔を取り繕う。
撫子は傷ついた自分を癒すことより、邪羅さんの未来を取った。あんなに知りたがっていた原因を捨て、あんなに大事にしていた髪に別れを告げて邪羅さんの背中を押した。自分の本当の望みはそこにはない、とでも言いたげに。
「光の花を見にきたんだよね、邪羅さんは」
撫子を背中に庇い、まっすぐ邪羅さんを見据えた。彼は何も言わない。
ただ……一秒にも満たない、ほんの僅かな間だけ見開かれた目。その目に宿った一瞬の輝きは見逃さなかった。
「邪羅さんあなたの探してるものは、ここにある」
そう言って、自分の胸を指差す。
もう、迷わない。そんな時間は終わった。
あたしが決めるのは、記憶を消すことじゃない。やらなきゃいけないことは、たったひとつだけ。
できることも、たったひとつだけ。
空に浮いていた邪羅さんの手を強引に掴んだ。
「来て邪羅さん! 『ハート』の中に!」
――邪羅さんを、元に戻すこと。
喜びは二倍に。悲しみは半分に。
誰が言い出したのかは知らないけれど、人と人との結びつきが強くなると、そんなことを思うらしい。
あたしだって、周りが幸せそうな顔をしていれば嬉しいし、悲しい顔をしていればつらい。そう感じるけれど、本当の意味をわかっていない気がしていた。遠い将来に誰かと結婚してからはじめて意味がわかるのかなと、寄り添ってくれる相手を想像して夢に浸ったこともあった。
今になって、分かち合うことの難しさを思い知らされる。大切な人たちは、あたしの悲しみを簡単に背負う。本当に、さも何でもないことのように背負う。
いざ自分が同じことをしようとすると上手くいかない。それは、背負う行為がとても難しいものだと気づこうともしないで、ずっと甘えてきたからだ。
大切な人たちの抱える荷物は重い。
一緒に背負ったとしても、甘えることに慣れきったあたしには重すぎるかもしれない。自分の荷物を増やすことになるかもしれない。
でも。それでも。
大切にしたい人たちの抱える荷物が、少しでも軽くなるのなら。進んで背負いたいと、そう思える。
その分、喜びを増やしてしまおう。きっと無限に広げていける。
だからあたしは――。
「本当の邪羅さんを取り戻したい」
それは撫子の願い。そして、あたしの願い。
静かだった。
何度経験しても、この無音には慣れることができない。落ち着いていられるのは、軽やかな杖の音が辺りを包み出したからだ。
「ごめんね十六夜。巻き込んだみたい」
「驚いた。まさか自分からハートの中に呼び寄せるなんて」
溜め息が聞こえてきそうな、困った笑顔。
邪羅さんを引き寄せたら、十六夜も一緒に連れてきてしまったらしい。
理由や理屈は自分でもわかっていない。そもそも具体的に何をどうすればハートの中へ入れるのかも、感覚でしか理解できていない。
それも、今はどうでも良いことだった。
ハートの中は音がなければ、時間もない。何もかもが立体的な静止画。停止ボタンを押した映画の世界へ入り込んだようだ。隣に立つ親友でさえ風景になる。あたしは、その環境が欲しかった。
邪羅さんを元に戻すには抱きつかなければいけない。事情を知らない撫子にそんなシーンを見せると、余計に混乱させてしまうからハートの世界に邪羅さんを読んだ。撫子の目が失われた世界が欲しかった。
十六夜に伝えると、地面を打ち付けていた杖をぴたりと止める。
責められると思った。責められて当然のことを、あたしはした。
十六夜は危険を回避しようとしてくれている。だけど、ここは真逆だ。邪羅さんの実態を全く掴めていないし、魁が来る恐れもある。
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