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光の欠片 No.9
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呼吸を整えて、アイスのカップを静かに置いた。
「アイス、美味しいよね」
「え? あ、うん。旨い」
「みんなと一緒だったら、もっと美味しいだろうね。きっと」
やや戸惑いの表情を浮かべる顔へ、畳みかけるように伝えた。
「次は四人で来て、みんなで食べたいって思ってる。でもそれって、撫子の気持ちを全然考えてない。自分の望みばっかり」
「そんなこと」
「あたし……あたしね? 十六夜と同じで、花火、すっごく楽しかった」
庇う声に続けてかぶせた。口を挟ませるつもりは、ない。
「あの花火は、撫子なしじゃ考えられないの」
アルバムをなぞるように一気に押し寄せてきた景色の中には、たくさんの笑顔が詰まっていた。詰まり過ぎた。
今から考えると、残酷とさえ感じるほど。
「撫子にも覚えててほしい。忘れないでほしい」
そして、あの時のセリフを何の戸惑いもなく言ってほしい。『来年もまた来ようね』と。
「でも、撫子がいつまでも苦しむのなら、いっそ全部なかったことにしたほうがいいのかもしれない」
「全部?」
「花火の日だけじゃなくて、邪羅さんのこと全部。邪羅さんに会ったことがないってしたほうが、いいのかもしれない」
ファミレスでの勉強会も含めて、彼女の中から邪羅さんに関する全てを取り去ってしまったほうが、中途半端に記憶を操作するよりもいいのかもしれない。
そうは思えるけど、どの道も正解ではない気がして、同じ考えを何度もさまよう。
「ごめん、十六夜」
突然の断りに、前のめりになっていた彼の体が、少しだけ揺れた。
「どれが撫子にとって一番か、わからない。だからもうちょっと待って。撫子の様子を見てから、決めたい」
言って、目を逸らしてしまった。十六夜の澄んだ瞳が、少し痛くて。
「わかった」
「……ごめんなさい」
二回目の謝罪は、どちらに対するものなのか自分もよくわからないまま口にしていた。
望まない力を使わせる十六夜へか。全てをひとりで抱え込んでいる撫子へか。
落とした視線の先には、半分以上溶けたアイス。口の中に流し込んだけれど、抹茶だからか苦みしか残らなかった。
濡れた髪にタオルを巻いたまま、モスグリーンのベッドに崩れる。溜まった疲れで体に力が入らない。肩を揺らすのでさえ億劫だった。そんな状態でも、目はある物を追う。自分の意思とは関係ない、本能と呼んでしまっても良いと思えるほど自然な動きだった。
開いたままの携帯電話。
おもむろに手に取り発信ボタンを押す。その直前で指が止まる。
十六夜が倒れた昨夜と全く同じ行動だった。進歩のない自分に溜め息が溢れる。
「……何やってんだろ、あたし」
家に帰ってから、これをずっと繰り返していた。最後の勇気が出ない。
撫子と連絡を取ろうとするたびに、十六夜の言葉が頭で反響した。
『俺たちはねーさんにとって邪羅を思い出させる可能性がある』
言いたいことはよくわかる。
撫子から辛い現実を引き離すためには、あたしは彼女の近くにいないほうがいい。彼女を思うなら、連絡を取らないほうがいいに決まっている。
だけど、どうしても諦めがつかなくて。それで携帯を握り続けてきた。
タオルからはみ出した前髪では、今にも垂れそうな雫が液晶の光を反射している。慌てて飛び起き、髪の毛を包み直す。その隙に一滴、パジャマにポタンと落ちた。
やっぱり、今は連絡を取るのやめよう。
待つしかない。あたしにはそれしかしてあげられない。
自分にそう言い聞かせて、携帯をそっと閉じる。
……そんなもやもやした気持ちを抱えたまま、あたしは毎日を過ごしていった。そして夏休みも残りわずかになったある日のこと。
何の前触れもなく撫子から連絡がきた。
耳をくすぐる冷ややかな声は、花火の翌日に聞いた声と違ってこちらの気持ちを静めてしまうほど落ち着いていた。それが妙に印象に残った。
自分のことをそっちのけで「元気?」と話す撫子。
電波でしか繋がっていないこの向こうで、一体どんな顔で話しているのか。会話を交わしながら、彼女の様子ばかりが気になった。
伝えたいことも聞きたいこともたくさんあるのに、何だか変に緊張してしまって。「宿題やった」だとか「毎日暑いね」だとか、当たり障りのない話題しか出せなかった。
そんな自分が歯がゆく、かといってそれ以上できることもなく。会話は何度も途切れてしまった。その度に受話口から、撫子の穏やかな溜め息が届いた。
いよいよ話題も尽きて大きな切れ目が訪れた時のこと。会って話したいことがある、と。
そう、伝えられた。
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