Long Story

ハートの欠片 No.10

 いってらっしゃいも飲み物のリクエストも言えずに、ぽつんと取り残される。遠ざかる背中を無意識に追っていたけれど、髪を焼く痛みによって正気に戻らされた。
 ……反則だ。反則過ぎる。
 ノートで顔を隠す。こんな顔、知らない人にも見られたくなかった。
「負けるとか言ってたのに……どうして買いに行っちゃうかな」
 自分をごまかすための悪態は、紙に吸い取られるほど小さい。跳ね返った熱い吐息をふりほどいて、青空を仰いだ。
 照りつける太陽が眩しい。手をかざしても、指の隙間から光が漏れる。宝石にも似た輝きをぼんやり眺めると、撫子の言葉が急に蘇ってきた。
「今は今……か」
 あれから何度も何度も反芻した。聞かされた時も、撫子の言う通りだと強く頷いた。
 だけど、その先を考えようとすると思考が停止した。今は今。それは良くわかっている。むしろ、あたしたちには今しかない。
「あたしはどうしたいんだろう」
 決心が、あっさりと揺らぐ。
 未来を優先して戦いに飛び込むのも、後悔しないように今を優先するのも、どちらも正しい気がする。なぜなら、両方選んだ結果だからだ。選ぶという行為そのものが正しいんだ。
 でも、今のあたしには正しさが重い。
「十六夜は……どう思う?」
 いない人を想って、問う。当然だけど返ってこない。
 視線の先にはまるい雲。濃い空に浮かんで、地上の喧噪に惑わされることなく、ゆったりと流れる。あたしは見送るように眺めたあと、再び俯いた。
 どのくらいぼんやりしていたのだろう。とりとめのないことを延々と考えていたら、頭の上にシャリっとした音と冷たい感触が乗った。
「ただいま、あんどお待たせ」
 悩みの根源が戻ってきたらしい。条件反射が働き、下敷きで顔を隠す。
「ねーさんから連絡あったぞ。萱に連絡つかないとかで理不尽な怒られ方された」
 透けた向こう側にペットボトルが見えた。背後から伸びている腕が、ペットボトルの底で下敷きを叩く。鼻にあたって、ちょっと痛い。
「麦茶は不満でございますか」
 ペットボトルをブラブラさせるので、大人しく受け取る。
「おかえり、ありがと。連絡はごめん……わかんなかった」
 頬に麦茶をあてる。顔の熱を冷やしながら、かばんに入れた携帯を確認する。五件ほど着信履歴が残っていた。振動音に気づかないほど、物思いにふけっていたらしい。
「ねーさんから伝言。あと三十分したら着くってさ」
「うん、わかった」
 正面に座った十六夜は棒アイスを取り出すと、袋の端を口にくわえて、乱れた髪をまとめ直した。整ったところでアイスを手に持ち替え、無造作に破って棒を手に取る。そして、かじりつく。何の変哲もない普通の光景。
 もらった麦茶を握りしめたまま一連の動作を眺めていると、バチッと目が合った。
「アイスの方が良かったか?」
 不思議そうに眉をひそめた十六夜は、一口かじったアイスをあたしに向ける。もちろんアイスが欲しくて見ていたわけじゃないので、顔を振って辞退した。
 この距離でもわかる、首筋の汗。一心不乱にアイスを食べているからか、何となく甘そうな気がした。
「十六夜ってさ」
「ん?」
「何でそんなに甘いもの好きなの?」
 かねてから疑問に感じていた、わざわざ聞く理由も見つからなかった質問。撫子と邪羅さんが来てしまうと、のんびりと話せないだろうから口にしてみた。聞いたところでどうなる話でもないけど、十六夜が手にするものは何もかもが甘いから聞いてみたくなった。
 十六夜は口の中のアイスを飲み込むと、 
「好きだと思ったから」
 そう、平然と言ってのけた。
「えっと……好きだと思う理由を聞いているんだけど」
 シンプルな回答に戸惑い、さらに問い返す。だけど十六夜は、理由なんているの? と、答えにならない答えを戻す。
 すでに半分以上なくなった棒アイス。食べづらくなったのか、つけ根側をかじっていた。
「好きだから好き。それ以上の理由が見つからん。萱だってそうじゃね」
「あたし?」
「そう。萱」
 頻繁に名前を呼ぶのは彼の癖だろうか。まごつきながら指摘内容と自分を照らし合わせてみるも、思い当たるものはない。
 目を泳がせるあたしを見て、十六夜はさらに続ける。
「花火を見にきたのは何でだ?」
「高校生の夏を満喫したいから」
「それなら自分たちでやってもいいだろ。なのにわざわざ会場まで来たのは?」
「打ち上げ花火を見たいか、ら?」
 花火大会は五歳くらいの時に家族と来た記憶しかない。中学の時はどんな理由でも夜出歩くのを禁止されていた。
「じゃあ、どうして見たいんだ?」
 意見をどんどん掘り下げようとする十六夜は、棒から落ちかけたアイスを口で受け止める。夏ならではの光景を眺めながら、おおいに納得していた。
 見たいって理由以外は特に思いつかない。顔を上げ、数時間後に咲き誇るだろう光の花を思い浮かべる。空に腕を伸ばして大きさを想像していると、十六夜はアイスの棒で円を描いた。
「単純な感情に理由づけしたがるやつ、結構多いけど……そのまんまでいいと思うぞ、俺は」
「そのまんまって、感じるままの気持ちで良いってこと?」
「そそ。それが、俺の考える正解」
 アイス棒で鼻先を指す。
「言いかえると、素直になれば良いってこと」
 異様に大きいスポーツバッグを持ってきていた十六夜。アイスの棒をコンビニ袋にまとめると、風に飛ばされないよう、かばんの下に挟み込んだ。

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