Long Story

ハートの欠片 No.9

「……暑い」
 あたしはうなだれていた。
 数日前、撫子が『花火大会を楽しもうプラン』を提案してきた。必要物資から混雑予想まで含まれており、花火を十二分に楽しめるプランだった。その中で、昼からの場所取り組と食料とかを調達する買い出し組に分かれようという話が出たんだけど。
 買い出し組は撫子と邪羅さん、場所取り組はあたしと十六夜という組み合わせに決定された。
 もちろん撫子の一存。口を挟む隙間なんて髪の毛サイズすらもなかったし、誰も文句は言わなかった。
 そんな訳で花火大会当日の今日、針で突き刺されるような痛い陽射しの中、見晴らしの良い場所を確保しにやってきた。事前の打ち合わせで指示されていた物を買い込み、場所取りを決行した。
 ……落ち着かない気持ちと共に。
 今、隣に十六夜が座っている。普通の肌をしたあたしでさえ陽射しが痛いのだから、色素の薄い十六夜にとって、この炎天下は拷問だろう。頭を垂らし、後頭部を丸見えにしたまま固まっている。
 持ち合わせの中に、日よけとして効果を発揮しそうな物はなかった。陽射しのことは事前に知らされていたけれど、話半分に聞いていて対策を怠ったせいだ。
「萱、花火始まるまでどれくらいかかる?」
 名前を呼ばれ、心臓が跳ねる。見られていなかったのに、後頭部から顔を背けた。
 今日、あたしは想いを告げる。その決心が気持ちを敏感にさせた。何気ないひと言にも不自然な反応を見せてしまう。
 ぶつかりそうな膝を少し離して携帯を開いた。ディスプレイには三時半の文字。
「あと三時間半かかりそう」
 時間を伝えたけれど、無反応だった。あと数時間、太陽と争わなければならないと悟ったんだろう。
 ……仕方ないなぁ。
 かばんを引き寄せて下敷きを取り出し、後頭部から十六夜を扇いだ。途端、落ちた肩がぴくりと動く。
 十六夜は顔を上げてこちらに向き直り、下敷きに当たりそうな距離まで顔を寄せてきた。頭の後ろでまとめた髪が気持ち良さそうに揺れる。
「生き返る」
「死ぬな。ってか、新しい飲み物買ってきたら?」
 普通を装って切り返し、足元のオレンジジュースに視線を落とした。
 三十度を超える気温だと温くなる速度も早い。十六夜と言えど、今は甘い飲み物より冷たい飲み物のほうが癒されるだろうと思った。だから尋ねてみたのだけど、彼は力なく首を振る。
「……ここで買ったら、負けな気がする」
「誰との戦いよ、それ」
「自分」
 そう言って、顔をしかめながら手招きした。下敷きを寄越せってことらしい。手渡すと、Tシャツの裾を伸ばして風を送っていた。肌を通り抜けて、汗の香りをここまで届ける。
 黙々と扇ぐ十六夜は放置して辺りを見渡した。
 数分歩いた距離に大きな川が流れている。日頃ならせせらぎの音が聞こえるんだろうけど、今日は熱気が満ちあふれている。周囲も瞬く間にビニールシートで埋まっていき、お祭りの雰囲気が漂い出した。
 時間をかけてやっと、十六夜の目元がはっきりしてきた。瞬きをした直後、我に返ったように下敷きに目を止めた。
「何で下敷きなんて持ってるんだ?」
「うちわが家になかったのと、時間潰ししようと思って」
 脇に置いたかばんから一冊のノートを取り出し、十六夜に差し出した。
「知ってること、何だかんだで話せなかったからさ。メモしたくて持ってきた」
 休み中だと、お目にかかる機会が激減する数学のノート。今までは十六夜のノートを使っていたから、これには何も書かれていない。だから、わざわざ数学を選ぶ意味もなかったけれど、何となく数学が良さそうな気がした。
 十六夜は空いた手でノートを受け取り表紙を見たけど、ほぼ一瞬だった。下敷きとノートを揃えて、即座に戻してくる。
「今日はいいや」
「どうして? ハートのことはいいの?」
「普通の日って決めたからな」
「へ?」
 普通の日という表現が掴みきれずにきょとんとしていると、
「今日は普通に楽しむ日。だからハートとか考える気は、なーい」
 立ち上がり、気持ち良さそうに体を伸ばす十六夜。
「高校生の夏、楽しむんだろ?」
 太陽を背負っているから顔に濃い影を作っていて、どんな表情をしているのか本当はわからないんだけど。
 何だろう、フワリとした笑い顔が見えた気がした。 
「ちょっと待ってて。何か冷たいもの買ってくるから」
 そう言って、サンダルを履いて足早に去っていった。

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