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ハートの欠片 No.12
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「大きい花火は感慨深いですが、さすがにこの人ごみはちょっとキツいですね」
口を塞ぐ邪羅さん。伏せた視線と顔色から推測すると、どうやら人酔いしたらしい。
「ほら、捕まってろ」
十六夜は手をポケットに突っ込んだまま、ひじを寄せる。邪羅さんは信じられないといったように大きく目を見開き、十六夜の腕を押し戻した。
「男と腕を組むなんて余計気持ち悪くなります!」
「失敬な。俺の優しさを見せただけなのに」
「あんた……どんだけバカ?」
うなじへ風を送る撫子が、十六夜に冷たい言葉を投げつけた。何か言いたそうな十六夜だったけれど、彼女は十六夜の顔を見ていないからか、さらに続ける。
「そうじゃないでしょ。場所、代わるわよ」
かばんからあたしの手を引き離し、十六夜の腕を掴んで無理矢理場所を交代する。あたしと十六夜、後ろには邪羅さんと撫子という並び順になった。
「あたしだったら文句ないでしょ。腕は掴み難いだろうから、肩を持って」
彼女は左肩に掛けていたかばんを反対に掛け直し、髪が邪魔にならないようまとめてから肩を出す。邪羅さんも自分で危ないと判断したのか、撫子の肩におそるおそる手を置いた。
「倒れそうになったら言って。どうせ家近いんだし、面倒見るわ」
手で邪羅さんの顔を扇ぐ撫子。涼しい風が流れてくれれば楽になるのだろうけど、他人と簡単にぶつかるこの状態では風が入る隙間がない。その上、同じ時間同じ場所で同じものを見上げた人たちの高揚感が熱を生み、帰り道を包み込んでいる。耳が痛いほどのざわめきでは、回復することは早々ないだろう。
後ろをずっと伺っていると、つま先が何かに触れた。その矢先、体が壁のようなものにぶつかる。どうやら前の人が立ち止まったらしい。
すみません、と謝罪すると前の人は振り返らずに、軽く頭を下げた。
「後ろは大丈夫だから、ちゃんと前見て歩いて。蘇芳も何ボサッとしてんの!」
撫子が十六夜の背中へ勢い良くパンチをお見舞いする。
「痛ぇ! 暴力反対! 暴力反対!」
リズム良く騒がしく抗議する。小学生が好むノリを、素でやってのけるのが十六夜クオリティー。
「うるさい。ってか、あんた面倒くさい」
「別に何もしてないだろ?」
すっとぼけた声を出す十六夜に、撫子はこの暗さでもわかるくらい苛立っていた。
「だからダメなんでしょうが! あぁ、もう気づけ! 死ね!」
「ひどい」
「わざわざ説明させないでよ……学校だったら勝手に振る舞うくせに」
「は?」
「さっき邪羅君にしたようにすればいいの!」
もう一度パンチを繰り出すと、十六夜は何か悟ったのかなるほどと呟いて、
「萱、捕まってろ。はぐれるから」
そう言って、ひじをこちらに寄せた。あたしはそれをしばらく見つめたあと、撫子にゆっくりと振り返った。彼女はしたり顔で頷き返す。
ここでようやく合点がいった。どうも、腕を組めってことらしい。
ちょうどその時、謀ったように人が流れてきて押されてしまった。必然的に、体が十六夜になだれ込む。差し出されたままのひじが、二の腕に刺さった。
「……痛い」
「ほら、危ないでしょ。とっとと腕組んで」
後ろから聞こえた声は、早くしろと急き立てる。
勇気が出なくて躊躇していると、人の波に再度流された。今度は二の腕だけでなく、体全体が十六夜と密着する。心拍数は一気に加速。十六夜にばれていないだろうか、そんなことばかり気にしていると、本格的に体が流されはじめる。
これは、迷っていると本当にはぐれる。
「し、失礼します」
恐る恐るひじを握らせてもらった。熱気よりも熱い指をきつく絡ませ、人の流れに何とか堪える。十六夜も誘導してくれたので周りに空間ができ、しばらくすると人の流れが普通に戻った。
「怖かった」
胸を撫でおろす。だけど、右手が落ち着かない。触れているだけなのに、まるで火傷でもしたような錯覚を覚える。締めつけられる胸の痛みは会場を出るまでとても耐えられそうになく、悪い印象を与えないよう注意を払って、握る手をそっと緩めた。今は指先だけが触れている。
撫子は許容範囲ギリギリの状態を察してくれたらしい。振り返って涙目で首を振ると、おもむろに苦笑いを浮かべる。
「蘇芳さぁ、萱を家まで送ってあげてくれない?」
後ろ頭を見上げて提案を投げかける撫子。あたしと十六夜を見比べていたら、言われた本人が遠くを観察するようにつま先立ちをしながら返事した。
「元から送るつもりだったよ」
「はぁ!?」
目を細めて言う十六夜に、あたしは驚く。
「そんな当たり前みたいに言われても、初耳だし」
「だって、どう考えたって遅くなるだろ? ねーさんと邪羅は俺たちと帰る方向違うし」
「確かにそうだけどさ」
渋々肯定する。
もう少し一緒にいられる……そんな嬉しさと、どんな顔して十六夜と並べば良いのか……そんな戸惑い。見栄。
どうしようもなくて。どうにかしたくて。何もできなくて。
アンバランスな心境を胸に押し込めていると、撫子が唐突に吹き出した。
「蘇芳に送らせたほうが危険かもしれないわね」
ケラケラと屈託なく笑う。
「おいおい……何度でも言うけど、俺は『純・情・少・年!』」
「ただのヘタレじゃないの?」
十六夜の嘘っぽい反論を、ばっさりと切り落とした撫子。盛り上がりを見せはじめたどさくさに紛れて、十六夜の腕から手を離した。わざとらしくは、なかったと思う。だけど、十六夜はすぐに気づく。
ポケットに入れたままの手を出すと、あたしの手首をがっちり握りにきた。汗ばんだ、大きな、男の人の手。
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