Long Story

ハートの欠片 No.13

 十六夜の顔が、見れない。あたしの顔も、どうなっているんだろう。
 混乱しているのはあたしだけらしい。十六夜は撫子との漫才を淡々と続行させていた。
「ひどいなぁ。でも、違わない」
「認めるんだ?」
「おー。俺ヘタレだよ。ヘタレ上等」
 ちらりと顔を見ると、何だか誇らし気。
 自慢するようなことじゃない。だけど、自慢してしまうのが十六夜だ。
 混乱したあたし、漫才をするふたり、酔った邪羅さん。四人でゆっくりと歩みを進めていると、ある境から人の流れが急に早くなる。そうなれば早いもので、肺に入る空気を冷たく感じた頃には、会場を抜け出していた。
「あのさ。さすがにこの状態じゃ辛いだろうから、あたしたちは後から電車に乗るよ」
 数分で駅まで辿りつけるような距離のバスターミナル。気分の優れない邪羅さんをベンチに座らせ、三人で駅を遠巻きに眺めていた。撫子は溜め息、十六夜は無言を落とす。かく言うあたしも途方にくれていた。
 やっと切り抜けたはずの人溜まりが、駅に入る行列を作っていた。入場規制までしているらしく、何百人という数が止まったままだ。人混みを避けて歩く人は違う駅に向かうらしいけど、並ぶのも歩くのも邪羅さんがこの状態では選べそうになかった。だから撫子は、後から乗ると言ったんだ。
「ふたりで大丈夫か?」
 十六夜が、ベンチでうなだれる邪羅さんを気遣う。目の前の人物は返事をしそうにないので、撫子が変わりに答えた。
「しばらく座ってたら大丈夫でしょ。全員で残ってたら、もっと遅くなっちゃうしね」
「そうか」
「飲み物くらいは欲しいかな。蘇芳さ、ちょっと邪羅君見ててよ。萱と一緒にジュース買ってくるわ」
 撫子はあたしの腕を掴み、高架下のコンビニを目指して歩き出す。俺が行こうか、と言う十六夜の声を背中に受けたけれど、撫子は彼に向いて、
「あんたが適任なの!」
 と、大きく手を振って十六夜を置いて行った。急いでるのか、大股でずんずん歩く撫子についていくのがやっとだった。
「どうしたの、そんなに急いで」
「ここまでくれば大丈夫かな」
 ひとりで安心したように呟くと、撫子は掴んでいた腕を離してあたしの顔を見た。二度ほどまばたきをすると、悪代官とか越後屋とか……その辺りの悪役を小粒に感じてしまうような、黒い笑顔を浮かべた。
 あたしの背中が凍ったのは言うまでもない。
「で、どこまでどうしたの?」
「何が?」
「すっとぼけちゃって。腕を組めって言ったのに、手を繋いでたでしょ」
 嬉しそうにはしゃぎながら、あたしの肩や腰をピシパシと突き刺す。手で防ごうにも、素早い手の動きに追いつけなかった。
 攻撃を受けないよう少し身を引いて、大きく首を振る。
「十六夜に手首を掴まれてただけだよ。繋いでないって」
 握られた手首をさすって告白すると、撫子は奇声を発する。興奮した勢いそのままに、背中をバシバシ叩かれた。
「い……痛いって」
「身長差あるからあんたの手まで届きにくかったんじゃないの? 萱から繋いであげれば良かったのに」
 満足そうに頷くと、コンビニに向かってスタスタと歩いて行った。風になびく黒髪を慌てて追いかけ、隣から顔を覗き込んだ。まだ変な笑いを浮かべている。
「ねぇ、あたしと邪羅君を待ってる間、ちゃんと伝えたんでしょ?」
「ううん。まだ何も言ってない」
「はぁ!?」
 顔が一転、面食らった表情に変わった。
「あたしたちと合流するまでの間、ずいぶん時間があったでしょ」
「そうだけど、あまりに暑くて……それに」
「それに?」
「決心っていうか……答えが見つからなかったの」
 迷い、探して、やっとの思いで掴んだ答えでさえ、時間を置いたら新たな迷いが生じる。悪循環に陥って言えなかった。結論を見つけられなかった。
 真顔で見つめる撫子は、眉間に大きな皺を寄せて難しい顔をしている。
 安心させたい。たくさん支えてくれた彼女の手を握り、精一杯の微笑みを浮かべた。
「だけど、大丈夫だよ」
 昼。十六夜の話を聞いて決めたのは、わずかでも良いから踏み出すこと。
 コンビニがもたらす眩しさに目眩を覚えながらも、あたしははっきりとした口調で伝えた。
「今夜伝える。ありのままの気持ち、全部伝えるから」

 
 自宅の最寄り駅に着いたのは、九時を過ぎた頃だった。ひと駅分歩いてから電車に乗ったので、噴水公園に辿り着いた時には疲れきっていた。噴水のベンチに座って、しばしの休息。
 遅い時間だからか、噴水から水が出ていない。いつも存在を主張する水音が消えているので、小さな音が浮き彫りになった。樹が揺れると葉ずれの音がする。風の抜けると遠くで空き缶が鳴る。本当にあの公園なのかと疑いたくなるほど様相が変わって、不気味に感じた。
 少し離れたところで、砂利を踏みしめる靴音がぴたりと止まる。立ち止まった十六夜は、重そうな鞄を下げたまま束ねた髪を解き出した。長髪が風になびき、弱々しい街灯がかすかに反射する。
「どうかした?」
 首を一周させて公園を観察しているので、思わず声をかけた。コンクリートの地面に靴の裏をこすりつけ、何かを確かめている。立ち上がって近寄ろうとすると、くるりと振り返った。

しおりを挟む

PageTop