Long Story

ハートの欠片 No.17

 気づかなかったのか、怠惰は溜め息を交えながら品定めするように視線を這わせる。失ったはずの腕で長い髪をかきあげると、微かな光を反射して美しく舞い上がった。
 その後ろには深い暗闇。光の侵入を拒んでいるような空間は、否応なくあたしを呼び寄せる。次第には体の内部が暴れだして、押さえ込むので精一杯だった。
 必死に呼吸を整えていた矢先、闇から足先が這い出した。影が一気に崩れ去る。足、腰、腕と、体の全てが黒で形成された服に身を包む人物が現れた。綺麗さを固めたような美しい顔が凍った表情でこちらを見る。あたしよりも、あたしの中にいるハートが良く知る人。
 ――魁。
 十六夜の杖があたしを守るように体の前へ伸び、徐々に淡く光り出す。
 怠惰? 魁?
 どちらから攻撃が来るのか。息を飲んで身構えていたら、不機嫌だと吐き捨てた彼が先に動いた。
 邪羅さんは人差し指で空中を丸くなぞる。指の動きを追いかける光が、敵との中間地点に円を浮かび上がらせた。そして、槍を軽々と振り回した直後、円に向かってまっすぐに投げつけた。円を通過し、分裂。怠惰と魁を目指して加速度を増す。
 もちろん、彼らも黙って見ていたわけじゃない。怠惰はすらりと伸びた両手から光の玉を生み出し、目前まで接近した槍を消滅させた。
 続いて魁。漆黒の剣をひるがえして風に乗る。殺到する槍を、光の円ごと切り捨てて猛進した。速い。
 あたしの近くで争うを避けるためか、新しい槍を握る邪羅さんは、迫り来る魁に踏み込む。耳障りな、重い金属音が場を満たした。
「相変わらずお強いですね、まったく」
 文句を吐き捨て、邪羅さんは追撃をかける。一挙一動を眺めていたけれど、こちらも悠長に傍観していられなくなった。
 邪羅さんと魁の背後で、豪華な髪がひらりと広がる。
 怠惰。
 彼女が左腕を突き出すと同時、閃光が生み出された。太陽に似た明るさを放出し、空以外の景色を本来の色に染め上げる。解き放たれた光の玉は、樹を覆い尽くすほどに膨張。留まりを知らないまま、こちらに突進する。
「ちっ」
 十六夜は杖を振りかざす。杖を包む淡い光は夜を吸い上げ、先端に闇が固まり出した。 
「動くなよ、萱」
 杖から落ちた闇は地面で跳ねる。十六夜の視線まで浮くと、瞬く間に伸びて光を遮った。互いにひび割れて余韻が飛び散る。
 十六夜は隙を作らない。杖の先端で地面を叩くと巨大な立方体が三体、コンクリートから飛び出た。虹色を反射させ、並んで浮いている。
「突撃!」
 柄を地面に打ち付けると立方体は音に答えた。不規則な動きで怠惰に攻め込む。
 それにもかかわらず彼女は笑う。手のひらを空に向けると、頭上に出現した幾多のつららが不気味に光った。
「アンタって……本当に最高ね」
 手にした鞭をふるい、怠惰も号令を響かせる。つららは重力を無視した凶悪な速度で立方体に落下する。粉々になった残骸を、怠惰の放つ螺旋状の光が蹴散らした。
 十六夜は全て予想していたのか、怠惰の攻撃をたたき壊す。輝く塵が空を舞い、雨のように降り注いだ。
「うるさいな、怠惰。早く帰れよ」
「あら、折角褒めてるのに」
 肩を震わせ、クスクスと笑う。
 剣と槍の争い音が遠のく中、目の前にある広い背中から言葉と裏腹な落ち着いた空気を感じた。
「おまえに褒められるなんて気持ち悪い」
「冷たいわね」
 言葉のトーンは普通の会話。だけど行使し続ける魔法は、隙を見せれば首を取られるほどに研ぎすまされていた。怠惰が光を浴びせれば十六夜は傘を生む。十六夜がアーチを繰り出せば怠惰は指先で砕いた。
 一歩も引かない、互角の戦い。
 だけど、
「私、アンタが叡智で良かったと思うわ」
 怠惰のほうが一枚上手なのか、執念なのか。鞭を地面に叩きつけると同時。視界を埋め尽くすほどの膨大な花びらが、自分たちをぐるりと取り囲む。
 一瞬の出来事だった。
 十六夜の背中から視線を外して振り返る。背後も同じ光景だった。少し後ずさりすると、あたしの背中に十六夜の背中がトンと当たった。
 ――まずい。逃げ場がない。
「だから、だからこそ……大っ嫌い」
 怠惰の声も僅かに聞こえた程度。音も花に遮られた。ふわふわと空中で揺れていた花びらが、同じタイミングで止まり、中心にいるあたしたちへ狙いを定める。この先の展開は、簡単に想像できた。
 戦いの場で自分にできることは限られている。それでも、どう避けようか必死に策を練っていると、背中を通して一言「しゃがんで」と聞こえた。
 条件反射、考えるよりも先に体が動いた。
 一秒でも遅れていたら大けがをする、ギリギリのタイミング。膝を曲げきった瞬間、頭の上で空間を切り裂く音がした。続いて耳に入るのは、澄み切った杖の音色。
 少しだけ間を置き、空を仰ぐ。杖へ次々と吸い寄せられる花びらが見えた。周りを囲んでいた時は隙間があったのに、今は敷き詰めるように密集して杖にまとわりついている。
 いや、少し違うかもしれない。杖が花びらをわざと絡み取っているらしい。どんどん巻きつけて、大きな光の塊が作られていく。
「光栄だね。俺も同じ気持ちさ」
 花びら全てを巻きつけた後、十六夜は杖を振り降ろした。塊は地面に叩きつけられると弾け、無数の蝶に化ける。その輝きは――純白。

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