Long Story

ハートの欠片 No.20

 四方八方に銀光が駆ける。手の早さは増すばかりで、次第には攻撃の光と振動が同時に届き出した。目に映るのは残像のみで、もうあたしが捉えられる限界を越えている。
 それなのに、互角ではなかった。
 際限なく斬り落としにかかる魁に対し、十六夜は剣を受け止めるしかできないようで。距離の狭さも相まってか、十六夜は翻弄される一方だった。
「お前に聞きたいことがある」
 十六夜が口を開く。耳の近くを剣がかすり、長い毛が一束はらりと散った。それにもかかわらず十六夜は怯まない。あたしの前から動こうとしない。
 そして。
 続く言葉に耳を疑うことになる。
「俺はハートの意味を理解していなかった。だが光の花を見て、ハートの意味が理解できた。というか、知らなかったのは俺だけだな。怠惰も知っていたんだろう、ハートが何故ハートと呼ばれるのかも」
 ドン、と胸を強く打ちつけたような衝撃を受ける。頭の中を渦巻く様々な気持ちが一瞬にして吹き飛んだ。
「だけど、ひとつだけ不可解なことがある。おまえだ、魁。おまえの行動全てが不可解だ」
 足首から崩れていきそうなほど、今、自分を保てている自信がない。そんなあたしに気づかない十六夜は、淡々と言葉を紡ぐ。
「なぜ、ハートの世界に萱を連れ込んだ。自分がハートである証拠を見せつけるためか?」
 杖が光を帯び、十六夜が大きく踏み込む。金属が互いを削り合う、重厚な音が場を満たした。
「それに、だ。俺と怠惰が深いところで繋がっているのと同じように、魁と萱もどこかで繋がっているはずだ。なのに、わざわざハートを手に入れようとする。なぜだ」
 問いかけをたたき壊すように剣を切り返す。機械的で無駄のない動きしか見せなかった魁に、若干の粗さが見えはじめた。チャンスと思ったのか、十六夜はなおも続ける。
「……繋がりだけじゃ不満なのか」
「答える必要はない」
 言い切らないうちに、魁は剣を十六夜の胸に滑り込ませた。十六夜が紙一重で避けきると、魁は間合いを取って身を引く。
 そして、旋回するように魁が大きく剣を振り上げるけれど、
「魁!」
 あたしが咄嗟に呼びかけた時、魁は手を止めた。
 十六夜はその隙を逃がさない。杖の先端から光が生まれる。向く先は魁。
 至近距離からの攻撃に成す術なく、彼は大きく吹き飛んだ。背中から地面に叩きつけられ、体が大きくバウンドする。
 ほぼ同時に、十六夜が咆哮を響かせる。杖には朝日にも似た輝き。倒す気だ。
 腕が振り上げられて行く。十六夜から伸びる影の中、どうしてか不気味なほどゆっくりした体の動きに見えて――。
 どくん、と心臓が鳴った。
 こみ上げてくる何かに突き動かされて咄嗟に出たのは、
「待って!」
 十六夜の行動を否定する言葉。さらに、自分で十六夜の腕に飛びついて攻撃を止めさせた。
「萱?」
 かさついた声が頭の上から降ってきた。杖の輝きは瞬時に消え去り、暗闇が戻る。
「ごめん、十六夜」
 自分の包む、逞しい腕は傷だらけだった。
 守ってくれた証。この腕や背中が、恐怖しかない場所で平穏を呼び込んでくれる。
 だからこそ、腕を羽交い絞めにしている状態に愕然とした。だけど、ひと呼吸して出てきた答えは、ごくごく簡単なものだった。
 誰に突き動かされて、攻撃を止めさせたのか。
「ハートがやめてって……そう、言ってる」
 あたしの体がハートに答えた、それだけの話。精一杯のありがとうとごめんねを込めて、大量の傷口をそっと撫でる。
 十六夜が言おうとしたハートのこと。知りたいけど自分の口は固く閉ざしておいた。
 ハートに動かされたとはいえ、十六夜の気持ちに反する行動に出たあたしに、教えてもらう権利などないだろう。身を焼かれる想いで視線を外し、正面を見据える。
 剣を杖変わりにして立ち上がる魁。見た目は変わらなくても、中身はボロボロなのが手に取るようにわかった。十六夜の攻撃をまともに受けたのだから、無傷でいられるわけがない。
 魁は剣をこちらに向け、駆ける。力任せに剣を振り降ろすも、十六夜に易々と弾き返された。
「オマエ、気に入らない」
 全く表情を表すことのなかった彼が、自分を幾度も止める邪魔者に激しく苛立っていた。
「それは結構。気に入られるつもりもない」
 軽口を叩く十六夜に、魁は剣で答える。
「邪魔をするな」
「悪いけど、萱が傷つけられるのを黙って見てるなんて……それはもう、俺じゃない」
 さらに乱れる剣の動き。対する杖は余すことなく剣を追う。優勢なのはどちらなのか、はっきり目に見えてしまった。
 魁が間合いを取ったので戦いの流れが途切れた。その隙に十六夜に駆け寄り、腕に手を添える。
 魁は剣を握ったまま、あたしたちを一瞥。光の花で柔らかに浮かぶ瞳をゆらり動かし、伏せた。そして瞬き、辺りを確かめてから顔を歪める。
 でも、ほんの一瞬のこと。
「どうして……ハートの近くにオマエみたいなのがいるんだ」
 限りなく絞られた声。ちりちりとした、小さなきっかけさえあれば破裂しそうな爆弾を、魁の瞳に見た気がした。
 明らかに様子がおかしい。
 十六夜の腕を引いて覗き込むと、青白い顔が光の花に浮かび上がった。汗が一筋、首を伝う。
「オマエみたいなのがいるから、ハートはオレを置いて行ったんだ」
 魁は十六夜を睨みつけ、剣を大地に叩きつける。瞬間、空気が音を立てて裂ける。
 まずい、と十六夜が杖を構えた矢先。
「オレとハートの邪魔を――するな!」
 身の毛がよだつ絶叫と共に、光の花が一瞬にして消滅した。

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