Long Story

光の欠片 No.18

 移動場所も折り込み済みだったのか、十六夜の背後には邪羅さんの姿。槍を叩き込むけれど、十六夜は振り向きざまに槍を受け止める。殺気立った金属音が高く駆けた。
「実証しなければ予想など無意味です。実験体である萱さんに存在条件の異なる僕たち。これを利用しない手はありません」
「萱が死にかけたんだぞ。そんな実験許されるわけないだろ!」
 ふたりが動くと空気が震える。武器を引くタイミングが同じなら、踏み込むタイミングもまた同じ。乱れれば……隙を見せれば即刻、死に繋がる。
 打ち合いを繰り返したのち、杖と槍を噛み合わせたままふたりは睨み合った。邪羅さんが小さく、十六夜を蔑むように笑う。
「許す? 何が、です。何が許されないのですか、叡智。僕は己の力を行使して彼女がどんな動きをするのか確認したかった」
「萱を失いそうな実験をして……確証を得て何が変わった。わざわざ力を使って、物がどう動くのか見たかったとでも言うのかよ? 実験をしにここに来たって言うのか? おまえは何をしにここに来たんだ!」
 十六夜が間合いを取る。杖を掲げると太陽に重なる真っ白な光が生まれて、おびただしい量の稲光が溢れた。眩しさに目を細めると、破裂寸前の高音と痺れを呼ぶ低音が走る。邪羅さんは十六夜に対抗しているのか、闇の球を手にしていた。
 同時に解き放ち――衝突。爆発した白と黒の光が辺り一帯を隙間なく埋め尽くす。それも束の間、光は一瞬で失われて世界の色合いが元に戻った。微かに残った光を切りながら邪羅さんは槍を構え直す。
 動向を読みあっているのか、ふたりとも動かない。
 そして。
 邪羅さんが静かに、問う。
「その質問は……ご自身に問うべきでは」
「何だって?」
「あなたこそ――何をしにここへ来たのですか」
 言葉が十六夜の動きを止まらせる。直後。答えを待たなかった邪羅さんが一気に詰め寄って腕を振りかぶった。十六夜は体を守ろうとしたけれど、一瞬遅い。空気の裂ける音と共に地面に叩き落とされた。
「十六夜!」
 弾かれるように足を踏み出す。ほんの少し前に自分も殺されかけたのに、その事実が遠い過去に思えた。死に対する恐怖は残っているけれど、そんなものにかまっている暇はない。このままでは十六夜が殺されてしまう。
 一刻も早く十六夜の元に辿り着きたかったのに、気持ちばかり焦って足が絡まる。それでも必死に走った。だけど、空から降る複数の槍があたしの足を止める。宙に浮いた邪羅さんと、目が合った。
「叡智が何を義としているかなど、どうでも良いことです。もう一度お尋ねしましょう。あなたは何をしにここへ来たのですか」
 立ちふさがる幾多の槍は、あたしと十六夜を隔てる境界線に見えた。迂回すればもう一度槍で阻まれてしまうだろう。あとちょっとで辿り着けるのに……!
 横たわる十六夜が顔を歪めている。早くどうにかしないと。
「僕の技が効いても何も思わない。彼女の身に起きていることを知ろうともしない。さらに、己の役割を忘れて僕を咎めて……それが叡智たる者のすることですか」
 十六夜が力を振り絞るように顔を上げた時、空から姿を消した邪羅さんが十六夜の真横に現れた。
「覚悟がないのであれば、ここで終わらせて差し上げましょう」
 槍の柄を地面に打ちつけると、赤い輝きがじわりと滲み出す。その光は邪羅さんの見下す瞳を浮き彫りにさせた。
 背中に悪寒が走る。
「邪羅さんやめて!」
 行く手を阻む壁を退けようと槍に手を伸ばそうとしたら、
「それには触れないことをおすすめしますよ」
 邪羅さんが再度こちらを見て、微笑を浮かべる。
 あと数センチで触れかけた手を咄嗟に引くが、遅かったらしい。槍から艶が消え赤黒く染まり出した。大地の熱に溶かされるように槍が崩れる。
 立ち並ぶ槍が形を変えて血にも似た溜まりを作る。それが溶けきった頃、いくつもの腕に化けた。
 自分の体よりひとまわりも大きな腕の群れは、指先から溢れ続ける血で覆われて怪しく光っていた。手首を曲げて飛ぶのは赤い血飛沫。目先にいる腕は指があり得ない方向に折れ曲がり、指先は半分溶けたままだった。崩れた箇所が水っぽい音を立ててあたしの足元に落ちる。反動で散った肉塊のようなものが、靴のそばまではねた。
 匂いこそないけれど、大地の染みはあまりにも現実味を帯びている。
 震えが止まらない。
「これは僕の合図で動きます。萱さん相手なら……雑作もなく目的を果たせるでしょう」
 こちらに歩み寄る邪羅さんに浮かぶのは冷酷な笑み。言葉をぼやかしているものの、何を指し示ているのかは良くわかった。
 その場に留まりながらも動き続ける腕。見なければ吐き気が込み上げることもないのに、あたしの目は詳細に挙動を追いかける。
「では……はじめましょうか」
 瞳を閉じることができない。動くことさえできない。
 突きつけられる恐怖。二度目の死の予感。
 おびえて固まる体に、今指を落としたばかりの腕があたしに向き――そして。血を滴らせながら体を握りつぶそうと指を伸ばしてきた。
 覆い尽くそうとする大きな腕。太陽の光が遮られて、あたしの体が影に包まれる。それなのに、足は固定されているのかと疑うくらい動かない。なりふり構わずにもがき暴れて……とにかく必死に引きはがそうと無理強いをした、その結果。勢い余って背中からバランスを崩した。
 地面に倒れたけれど、痛がる余裕なんて微塵もない。体の真横を落ちてきた血が擦る。頭上には見たくもないものが、いた。逃げられる可能性が塵になった。

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