Long Story

記憶の欠片 No.4

 街を散々歩き回った結果、あたしの体力は底をついていた。消費なんて生易しいレベルじゃない。ごっそりと根こそぎ削り取られた。腕や腰や脚……体中の関節が目に見えて鈍りだしたので、駅に隣接された公園でひと休みすることにした。
 この辺りでは最も大きな公園で、市民プールや大きな遊具も揃っていて、ちょっとしたレジャー施設となっている。噴水も設置されているので、あと数ヶ月もすれば子供たちの賑やかな声が聞こえてくるのだろう。
 学校の鞄を抱きかかえて噴水のふちに座り込んだ。この時ばかりは噴水のふちが神々しく見えた。目の前に公園を作ってくれた人がいたら、抱きついて感謝したに違いない。
 ぐったりしたあたしとは対照的に、隣に座ったヤツはといえば、
「いやぁ、楽しかった楽しかった」
 気持ちよさそうに背伸びをして満足度100%の笑顔を浮かべていた。
 バケモノかって。
 ツッコむ気すら起きない。
 空を仰ぐとオレンジ色と藍色が綺麗に混じっていた。梅雨入りしたての季節にしては気持ちの良い快晴で、初夏の近さを匂わせる。背中に位置した太陽が、噴水と重なったあたしたちの影をコンクリートに長く伸ばした。
 見渡せば、ランドセルを背負った子供たちがスズメを追い掛け回していたりして。
 こういうのを平和って言うんだよな、としみじみ思った。もちろん『あたし以外は』という注釈をつける必要はあるのだけど。
 疲れを少しでも払いたくてヤツと同じように背伸びをしたら、近くを通りかかったトイプードルが靴を嗅ぎにやってきた。多分、毎日の散歩コースなんだろう。
 猫より犬派なので凄く撫で回したいのだけど、そんな余裕すらなかったので眺めていたら、まだまだ体力ありそうな隣の男がトイプードルに反応した。
 即座にしゃがみ込む様子といったら、どこのチビッ子かと問いたいくらい。宝物でも見つけたかのように瞳をキラキラさせると、
「モフってもいいですか?」
 瞳のキラキラを顔中に引き延ばして聞いていた。
 飼い主のおばさまは、若い男の子かつイケメンというダブルパンチ効果からか、目じりのシワをさらに深くして、どうぞと促す。ヤツは許可を得てすぐさま、骨張った手を伸ばして撫でた。そして、カールの毛がより絡まるんじゃないかと心配になるほどトイプードルをこねくり回しだす。やわらかそうな彼(彼女?)も満更ではなさそう、短い尻尾を千切れそうなくらい振って、ヤツの体にまとわりついていた。
 ……正直なところ、あたしはどっちも犬に見える。たまたま人間の形をしているだけで、お尻には透明な尻尾がついてるんだ。特別な眼鏡を通せば、せわしなく動く尻尾が確認できるだろう。くすぐったい、と顔中ベロベロに舐められ、ひとりのくせに賑やかで。
 そんな光景を微笑ましく見ている自分にがいた。
 はっとした時には、もう遅く。
 あれだけ苛立っていた自分自身の変わりっぷりと、犬を抱き上げて『高い高い』する柔らかなひとコマが相まって、おかしくておかしくて。こみ上げてくるものに耐えきれず、とうとう吹き出してしまった。
「お。やっと笑ったな」
 昼間も聞いたようなセリフに、そう言えばと思い起こせば……今日は全然笑っていなかった気がする。
 それもこれもアンタが原因だ、と心で悪態をつきつつ、あたしはそのまま笑い続けた。
 胡散臭いことに変わりはないんだけどね。


 じゃあねー、とふたり並んでお犬様を見送った。
 辺りはすっかり暗くなり、小学生たちの姿は既になかった。というより、居座ってるのはあたしたちくらいだ。
 周りの人は帰り道として足早に公園を通り過ぎるだけのよう。
「……結局目的地はどこだったの? まさか全部?」
 ようやく体力も戻ってきたので、立ったまま疑問をぶつける。ほんの少しだけ、警戒心は溶けていた。
 ふちに座り直した彼が数度瞬く。噴水の底に沈んだコインが、点きたての外灯を反射してキラキラと眩しい。
「そう。全部」
 フチをしっかりと持ちながら体を大きく反らせた。
 本当にこの人、落ち着きがない。
「ただ遊びたかったってこと?」
「そう。遊びたかっただけ」
 言葉を繰り返す。遊ぶことに夢中で、あまり話を聞いていないようだ。一日しか付き合いがないけれど、気が散りやすい人というのは学習した。
 背を反らせたまま脚をピンと伸ばしてバランスを取る。「危ねー」とか言いながら水面ギリギリまで傾く体を楽しんでいた。当然ながら押したい衝動にかられるけれど、ぐっと我慢しておいた。
 ここで機嫌悪くされても困るから。あたしの目的は遊ぶことじゃない。
「……蘇芳十六夜」
 コホンとわざとらしく咳払いをして呼びかけてみると、ヤツは反動を付けて勢い良く体を起こし、首を傾げた。
「フルネーム呼びですか」
「あたし、あんたのこと全然知らないもん」
「冷たいねぇ」
「当たり前でしょ。だって事実だし」
 そうだ。そもそも、あたしはみんなと違うことを把握してるのにどうして教えようとしてくれないのか。
 話すと都合が悪いのだとしても、こちらは立派な当事者。聞く権利があるのだから洗いざらい話してくれたっていいじゃないか。
 ……何だか無性に腹が立ってきた。
「あんた一体何者? 何がしたいの?」

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