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記憶の欠片 No.8
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あ。あたし泣いてる。
そう気づいたのは、まだ見慣れない背中が目に入った時だった。
どうやら気を失って倒れたようで、背中どころかあちこちが痛む。頬に伝う涙を拭いながら、背中に固い感触を感じて体を起こした。
さっきの光は何だったのだろう。辺りを見渡したけれど、別段おかしな様子はなかった。
だけどぐるりと周囲を伺って、異変を感じた。
風景は同じだ。先ほどすれ違ったサラリーマンも同じ。だけど――止まっている。携帯電話の画面を見ながら、足を浮かせて停止していた。
「何……これ」
目を凝らして噴水を見た。水しぶきが……まるでシャボン玉のように、地面に落ちることなく漂っている。
「え……?」
車も、虫も、樹も。
目に映る、動くであろうものが、全て動かなくなっていた。
慌てて鞄をあさり携帯電話を探す。夢中で開く。時間を確認する。
――18時32分……それ以上は、動かない。
止まっている。
「十六夜?」
震える声を抑えきらないまま、恐る恐る声をかけた。返事をして欲しかった。こんなわけのわからない状態に、ひとりではいたくなかった。
十六夜は、微かに肩を揺らせる。動いた。
ひとりじゃない、と安堵したのも束の間。彼は振り返りもせず肩越しに厳しい声で答えた。
「萱。話は後だ。そこを、絶対に動くな」
十六夜の周りの空気が尋常じゃないほど張りつめているのがわかった。
彼は何を睨んでいるのだろう、と、立ち上がって視線を追った――その瞬間。背中にぞっとするような悪寒が走った。
視界には何も映らなかった。止まった公園の風景だけ。さらに、あたしは霊感だとか超能力だとか、そういった類いの不思議な力は持っていない。
だけど、誰かが……あたしの中の誰かが、強い強い警告を発していた。
十六夜の視線の先に何か、いる。
「ふざけんじゃねぇよ、何なんだよこれ」
心臓があたしに訴える。
「だめ……十六夜……ここにいちゃだめ! 危ない!」
腕を必死に掴んだ。
そして。
それから見た景色を、あたしは一生忘れることができないだろう。
遥か彼方――。
遠い空の向こう、十六夜が睨みつけていた空から、ロケット花火に似た幾千もの光があたしたちに向かって襲ってきた。十六夜は動かない。ひたすら、上空を睨みつけている。
「俺はこんな話聞いてねぇぞ!」
一点を睨みつけながら叫ぶ十六夜。その声には今まで聞いたことのない焦りが混じっていた。
無数の光は一直線にあたしたちをまっすぐ目指し、豪雨のように降り注ぐ。
絶句するしかなかった。これを、この光景を見て、何が言える?
同じ言葉ばかりが、頭の中で繰り返される。
唖然としながら眺めていると、体に当たる直前、弾け散った。
まるで、何もない空間に壁でもあるかのようだった。
襲い来る矢。前から、上から、隙間なくあたしたちを狙うけれど、それは全て阻まれた。
現実感がない、なんてレベルはとっくに超えている。
一言で表現するなら……魔法だ。これ以上の相応しい言葉は、恐らく見つからないだろう。これは、現実ではない。これこそ夢だ。
手のひらを爪で強くつまんでみた。痛いだけで、願っても祈っても夢から覚める兆候は見られない。
どうなってるの……一体。
光が収束した頃合いを見計らって、あたしは再度十六夜の腕を揺らした。
「ねぇ十六夜、これは何? 何が起こってるの?」
「わからない」
「わからないって」
どうしてあたしたちだけが動いているの?
どうして時間が止まっているの……!?
喉まで出かかった叫び声。
「夢でしょ! ねぇ、夢だって言ってよ!」
「これは夢じゃない」
「夢じゃなかったら、何だって言うの!」
こちらに向き直った十六夜。口をパクパクと開け閉めしていたけれど、唐突に視線を走らせ唇をきつく結んだ。
「静かに」
厳しい表情に咄嗟に息を殺すと、何かが聞こえてきた。
さほど離れていない距離。砂利の踏みしめる音と動物の唸り声。
後ろに気配がした。ゆっくりと振り返る。
夕焼けが、近くに迫った大きな肢体と長い牙を赤く染め上げた。体の模様を見ただけでわかる、それは……。
「トラ?」
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