Long Story

恋の欠片 No.10

 さらにトクン、と胸が跳ねるけれど、思っていたより衝撃は小さかった。
 理由は簡単。そう言われるんじゃないかと、薄々予感していたからだ。
 邪羅さんの説明は、今までの事から考えるととても上手い。多分、抵抗することなく真実を聞くことができるし、すっきりと理解できると思う。
 でも……あたしは……。
「知りたいよ。邪羅さんのことも、十六夜のことも、ハートのことも。だけど……」
 邪羅さんと重ねていた視線を十六夜へ移した。草を踏みしめて彼に近寄り、かがんで顔を覗き込む。
 彫りの深い顔立ちや通った鼻筋、厚みのある唇。髪の色や肌の白さも相まってか、日本人離れした綺麗な顔をしている。こんなに長時間、顔を直視するのはいつぶりだろう。十六夜の魂がここにあったら絶対にできないことだ。
 あたしが良く知る表情は、今のように眉間に皺なんて寄っていなくて、苦しそうに目を閉じる表情でもない。体中で喜びを表現する、何とも締まりのない笑顔。周りの暗さなんて一瞬で弾け飛ばすような底抜けの笑顔だ。
 あたしは彼の鼻をつついた。指先の小さな面積なのに、ちりちりとした痛みが手を覆う。喉の奥がきゅっと締まって、油断すれば涙が溢れそう。
 触れた指をそっと口元に運んだ。唇に触れると、途端に瞳が潤んでくる。泣いてはいけない、と自分に訴えて両手をきつく握りしめた。
 手の甲に食い込む爪が痛い。だけど、本当に痛いのは……苦しんでいるのはあたしじゃない――。
「あたしは十六夜から聞きたい。笑顔が戻った十六夜から聞きたい」
 ずっとずっと考えていた決意を口にする。
 確かに元に戻ってほしい気持ちは大きい。でも、邪羅さんから全てを聞いて近道するのは望んでいない。
 あたしは十六夜自身から話を聞きたい。
 今まで散々彼の優しさに甘えてきた。だから今度は、あたしが十六夜を受け止める番なんだ。
 平静を保とうとする感情とは裏腹に、鼓動はどんどん加速する。断ってしまった後悔が渦巻くあたり、口にするまで自分でも迷っていたのだろう。もしかしたら邪羅さんに伝えることで十六夜から逃げるという道を断ちたかった可能性もある。
 そんな自分が情けないけれど、お陰で腹はくくれた。再び立ち上がり邪羅さんをじっと見据える。
 もう、後には引き返さない。
「邪羅さんごめんね。せっかく教えてくれようとしてるのに」
 頭上で重なる葉が濃い影を落としていて、邪羅さんがどんな表情を浮かべているかは見えなかった。無風と無音に包まれ、自分の吐息が耳まで届いた時、彼の輪郭をかたどった影がゆらりと動く。
「ハートの主が萱さんで良かった」
 心なしか、ほっとしたような穏やかな声が戻ってきた。
「もしハートの中へ来ることができなかったら、十六夜さんを使って無理にでもハートを発動させるつもりでした」
 連れてくる必要もなかったですね、と言う邪羅さんへ苦笑いを返す。
「あたしも、こんなに上手くいくとは思わなかった」
 周囲を見渡しながら、邪羅さんはあたしに近寄る。必然的に十六夜を囲む形となった。
「これだけ順調なら、本番も問題なさそうです」
「次はいよいよ、だね」
 人形のような魁が脳裏に浮かぶ。
 何度も殺されそうになったので、顔を想像すると同時に剣の切っ先も連想された。陽光を反射する切っ先はおぞましく、目の前に物がなくても恐怖心が徐々に迫り上がった。
 それにもかかわらず、魁自身の姿は物寂く感じる。というか、ごく最近その背中を見た気がする。
 記憶の点と点が結びつかないもどかしさと格闘していたら、邪羅さんはあごに手を当てがって呟いた。
「魁とコンタクトを取りたいところですが、ひとつだけ問題点があります」
「問題点?」
「僕には魁の居場所がわかりません。ですから萱さんの能力が頼りなんです」
 十六夜が背もたれにしている樹に焦点を固定し、邪羅さんは考え込む。
 あたしの能力というのは、ファミレスでも話していた魁を感知する力のことだろう。
「今は近くにいないみたい」
「困りましたね」
 第六感でもそうだし、視覚でもそうだ。邪羅さん以外は全て静止している。噴水の影や空にさえ、魁の存在は確認できない。
 ……影?
 胸の奥で、影という言葉が引っかかった。先程の物寂しい背中にも通じる既視感。
 ふたつのキーワードを元に、これだと思う出来事を必死に握ろうとするけれど、今一歩のところで指の隙間から滑り落ちる。
「影……背中……」
「どうかしました?」
 頭を抱えるあたしに、邪羅さんが肩越しに声をかける。あたしが脳内で格闘している間に、彼はあたしに背を向けていたらしい。
 だけど、これが幸いした。
 ある記憶が、邪羅さんの背中へ被さる。あたしは十六夜と喧嘩したという事実が重大過ぎて、あの一瞬の出来事が見事にすり抜けていた。
 何でそんな大事なことを気に留めなかったの……!
 邪羅さんが言った『十六夜の変貌は魁が原因』というも、あの出来事と繋がれば辻褄が合う。
「何とかなるかもしれない!」
 慌てて邪羅さんに駆け寄り、乱暴に肩を掴んだ。
「魁の居場所はわからないけど……何とかなるかも。やっぱり邪羅さん正解だったよ」
「何がです?」
「十六夜を連れてきてくれたこと。あたし見たんだ。十六夜と喧嘩してハートが発動した時にね、去っていく十六夜に魁が重なってた」
 ――そう。あたしはふたりの姿がダブって見えた。

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