Long Story

恋の欠片 No.11

 無意識に、邪羅さんの肩を力一杯握りしめていた。
 急いで手を放しても落ち着く訳もなく、ごめんと謝罪しても期待と不安が胸をかき乱すばかり。
 だけど、細い糸のように今にも千切れそうだった期待が、質感を帯びていく手応えがあった。
「落ち着いてください」
 肩を掴み返してきた邪羅さんは、冷静に話を進め出す。
「こじつけのような気もしますが、無視はできません」
「ねぇ、どうしてだと思う? あたしがそれを見た理由」
「とおっしゃいますと?」
「例えば、操られてる……とか」
 ありきたりだけれど、魁に操られているのなら十六夜の暗さを説明できる気がする。
 僅かに見えてきた明るい道。一直線に駆け抜けようとしたけれど、短い時間で答えを出した邪羅さんがあたしにストップをかける。
「その可能性も考えられますが、それにしては行動が不可解です。ハートを狙う素振りがないのなら、魁の行動と一致しません」
「そっか」
 良い線行ってると思ったのに。掴まれたままの肩を落とすと、邪羅さんはポンポン、と軽く叩いた。
「しかし、魁を見たというのは大きな収穫です。あちらに戻ってから調べてみましょう」
「うん、そうだね」
 ふたり同時に頷いた。
 何とかなるかも、と思ったのは、十六夜と魁が繋がっている可能性を考えてのことだ。魁の居場所はわからなくても、十六夜と繋がっているのであれば、魁とコンタクトを取れるかもしれない。
「念のため確認しますが、ここにくる時に僕としたことと同じ手順を行なっていただきますからね」
「手順?」
 邪羅さんはあたしの肩から手を離して、目の前でひらひらと動かした。手と彼の瞳を交互に見比べると、唐突に邪羅さんの声が蘇る。
『この感触をしっかり覚えてください。これがあなたの道しるべとなりますから』
 そうだった……十六夜の手を握らなきゃいけないんだった。口の中が乾いていくのを感じて、崩れるように座りこんだ。
 気が重い。重すぎる。
「今更嫌とは言わせませんけど」
 軽い口調と笑い声が頭の上から降り注ぐ。
「言わなきゃ良かった」
 せめてもの抵抗、ということで座ったまま睨んでみたけれど、砂粒より小さいあたしの眼力なんて邪羅さんが堪えるはずがない。
「言わなかったらいつまでもこのままですよ」
 あたしの本心を見透かしているに違いない。彼の笑顔がそれを物語っている。はぁ、とひとつ溜め息をついて、勢い良く立ち上がった。
 そして、砂粒よりは大きな目力であって欲しいと願い、短く簡潔に気持ちを言う。
「ヤダ」
「素直でよろしい」
 予想通り、と顔に書いている彼の手を取り、蝉が騒がしく鳴く炎天下へと戻った。
 時間にすると一秒にさえ計上できない出来事。景色は何ひとつ変わらないのにハートの中へ旅行した気分で、蒸したような熱気を懐かく感じた。
 戻って早々、邪羅さんは魁に接触できるかもしれない、と十六夜に報告した。その方法と要因を無言で聞き続けた十六夜は、眉間の皺をさらに深くさせて機嫌の悪さを匂わせる。
 邪羅さんはひと通り話し終えると、若干距離を置いて座るあたしに視線を投げてきた。十六夜に念を押せ、と目配せで言う。
「十六夜、あの……」
 重い空気に耐えきれずに名前を呼んだけれど、声が続かない。体が地面に絡みつかれているかのように動かず、あたしは十六夜を見つめるだけだった。
 この場から逃げられたらどれだけ良いだろう。だけど、後戻りはしないって決めたから。
「魁に会いたい。だから、協力して」
 絞り出したのは短い言葉。
 十六夜は傍観者でいたいのだから、あたしと邪羅さんの意志は彼の姿勢に反している。さらに、十六夜を元に戻すことと彼自身が請け負っている仕事は、直接的に無関係だ。十六夜が首を振ったら、そこでアウト。
「お願い」
 断られる可能性を考えた上で伝える。
 魁が原因だとしたら、これは本当の十六夜じゃない。きっと苦しんでいるはずだ。
 あたしは十六夜を助けられるだろうか。自分に疑問を投げかけるけれど、即座に違うな、と改める。
 助かって、ほしい。
「……お願い」
 目をまっすぐ見て、重ねて伝える。
 厚い沈黙は、風に流れることなく留まった。太陽が雲に隠れたらしく、影と日向のコントラストが弱まる。活気がまるで見えない十六夜の視線が微かに陰った。
 負けるものか、と持久戦を覚悟した瞬間、固く閉じられた十六夜の唇が開き小さな吐息を漏らす。そして、組んでいた腕を広げ、渋々手を差し出してきた。
 その姿に、見守っていた邪羅さんも胸を撫で下ろす。
 ……良かった。とりあえずは、受け入れてくれた。
 十六夜の前を陣取っていた邪羅さんがあたしを手招きした。四つん這いのまま近寄り、立ち退いた邪羅さんに変わって十六夜の目の前で正座する。
 神様、仏様、ハート様。どうか……どうか糸口が見つかりますように。
 自分の緊張をほぐすように祈りを捧げてから、手をゆっくりと寄せていった。

しおりを挟む

PageTop