Long Story

恋の欠片 No.12

 指先が十六夜の手にふわりと触れる。ハートの中で触れた時と同じ柔らかさなのに、温かみが違う。息づかいが聞こえる。
 本人さえ意識していないだろう、十六夜自身の存在感があたしの心臓を鷲掴みにして、咄嗟に指を離してしまった。伴う痺れはハート内に感じたものと比較にならないほど強く、涙をこらえることができなかった。
 その直後、真夏の熱風がふたりの間をすり抜ける。樹々のざわめきと共に、髪があたしの顔を隠した。風が味方してくれた、そう感じて涙を拭う。
 大丈夫、と誰にも聞こえない程度に呟き、改めて十六夜の手を取った。何があっても決して離さない……離したくない。
 邪羅さんとは違う、骨ばった感触を頭に叩き込みながら瞳を閉じた。息を限りなく押さえ、胸に全神経を集中。心臓のリズムと呼吸が合うよう調整する。タイミングの違いを少しずつ整え、ぴたりと合わせた時だった。
 一定間隔で震える胸に、時折雑音が混じっているのに気づいた。戦闘の時に比べると弱々しいけれど、これは間違いなく。
「邪羅さん、魁のノイズわかったよ。十六夜と魁は繋がってるみたい」
 確信を持って言った。
 共鳴するノイズは鼓動の隙間に刻みこむ。ノイズに注意を向けていると、何故か自分がどこにいるのかわからなくなった。
 魁と接触できた……の?
 不思議な感覚を覚えて薄目を開けると、しっかり繋がった手があった。それを確認すると、セミの音が耳に届く。
 違う。まだ魁と接触できていない。
 再び風が髪を弄ぶ。肌に張りついたので、髪をかきあげるために手の力を抜いたけれど。彼の力は弱まるどころか強まっていく。
 ……十六夜?
 痛みさえ感じる手の圧力を不審に思い、腕をたどって視線を合わせた。その瞬間。
 心臓だけ、揺れた。
 茶色い目は本物の十六夜だ。
 でも、質が違う。これは……。
「――いる」
 魁だ。魁がいる。
 邪羅さんの戸惑う声が背後から聞こえた気がした。気がするだけ。ここまで届かない。
 そして、あたしの中から音が消えた。肩を掴まれても肌の感触まで消えていく。
 暑さも光も徐々に薄らぎ、目につく色という色まで剥がれ落ちた。濃い葉も土も灰色。十六夜の瞳も彩度が落ちる。
「あたし……」
 瞳孔の中心から目が離せない。目の奥にいる人物に引き込まれる。引きずられる。
 さきほどのハートの時と異なる状況に、頭が警笛をけたたましく鳴らす。だけど、行かなきゃいけない衝動に駆られた。
 ――行くしかない。
「行ってくる……ね」
 邪羅さんたちには伝わったかな。
 多分、伝わっただろうという根拠のない安心と共に、あたしの意識は滑り落ちた。


 気だるい。頭が朦朧としている。
 どうしてこんなに体が重いのだろう。直前の記憶を手探りで探っていた矢先、自分の体が横たわっているのに気がついた。それだけでなく、ぷかりぷかりと揺れている。まるで海に浮かんでいるみたい。
 あたしは閉じたままだったまぶたを開き、そして、数度瞬きをする。
「……」
 何が起こった……?
 視界いっぱいに広がる光景をしばらく認識できなかった。もう一度目を閉じて、また開く。
 何も変わらない。
 戦いの場面は時間が止まるという、現実と少し理屈が違うだけの景色。あくまであたしが把握している範囲の話だった。ここは、あたしの想像を超えすぎている――。
 言うならば白。
 雪景色も雲海も比べ物にならない、濃淡ひとつない純白の世界。
 そう表現しても稚拙だと思ってしまうのは、白しか見えないからだろうか。色に染まることさえ許さないような、圧縮された極彩色。
 どこ、ここ。
 地上とかけ離れた様相の中、顔を横に傾けると投げ出された自分の腕が見えた。さらに、指先の奥……とても遠いところに水平線があった。
 いや、正直に言うと濃淡がないから遠いのか近いのかもよくわからない。水平線と表現して良いのかもわからないけど。
 理由は簡単。あたしの寝ている海は真っ黒だったから。
 黒い海に白い空。
 両極端なモノトーンの配色しかない場所で、自分の腕はしっかり色がついていることに、安堵する。
 好奇心にかられ、腕を海に沈めてみようとしたけれど、想像以上に固くて入らなかった。海よりゼリーに近いのかもしれない。
 頼りない大地に手をついて、よろめきながらも何とか上体を起こす。
「うわぁ」
 終わらない白と黒。呆気にとられるというより、圧倒されてしまう。
 交わることなく二色が真横に分断されていて。
 前も。右も。左も。
 ぐるりと一回転して見渡したけれど、余分なものは一切なかった。

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