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恋の欠片 No.14
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「そんなわけないでしょ」
咄嗟に否定した。否定せずにはいられなかった。
「だって十六夜は……十六夜は」
弱々しい反論を口にしようとしたけれど、口を噤んでしまう。
そんなわけない。数秒前のセリフが信憑性に欠けることを、自分自身がよくわかっていた。
魁の言うことが真実なら、結局、十六夜はあたしに対して腹を立てているのだろう。魁の攻撃は、ただのきっかけでしかない。もっと根本的な原因はあたしにある。
つまり喧嘩した時、十六夜が発した言葉は嘘ってことだ。『普通の人間だから、現実を否定する権利がある』……そんなこと、これっぽっちも思ってないのだろう。あたしはそれを、見抜けなかった。
ただただ動揺するあたしへ、魁はさらに突き落としにかかる。
「――オレにアイツは戻せない」
前後の会話とのつながりがない。だからこそ余計に衝撃が増し、胸に重くのしかかる。
「嘘でしょ」
最悪な現実を間の当たりにして、全身が小刻みに震えていた。背中に変な汗が伝う。
そんなことってあっていいの?
「冗談言わないで」
「オレには戻せない」
「じゃあ、誰なら戻せるのよ」
怠惰? 邪羅さん? 一体誰を連れてきたら十六夜に笑顔が戻るの? 苛立ちを隠せないままそこまで考えて、はたと気づく。
あたし、今の十六夜を否定してる。
ぐるぐると同じ考えが頭を通過する。進めば壁にぶつかり、壁を避ければ振り出しに戻る。
「……十六夜」
名前を呼ぶだけなのに胸が痛い。自らに罰を与えるように、何度も何度も十六夜の名を口にした。口にする度に、苦みが胸の奥に溜まった。
「いざ……」
とうとう名前さえ続けられなくなった時。溜まった苦みは、ひとつの素直な感情を沸き起こした。
――会いたい。
思いが止まらなかった。全身を走る衝動に身を委ねたかった。だけど、冷たい氷のような魁の声が響く。
「あとは、自分で考えろ」
魁のセリフが、やけに鮮明に聞こえた。それは脳に直接響いているからという理由でなく、あたしの中の誰かが、魁の言葉を受け止めているような、そんな自然さ。
ハート……? ここに来てざわつきさえ感じなかったハート。それが魁を受け止めているんじゃないかと思う。
ふと、疑問が沸いた。
「ねぇ、どうしてハートが欲しいの?」
遠い水平線が、揺れた気がした。魁はただ無表情で、でも瞳の奥に沈んだ何かを見せつけて、言う。
「ただハートが欲しいだけだ」
「ハートを手に入れてどうするの?」
答えはすぐに返らなかった。答えようとする様子は見て取れる。口を開き、少し閉じる。そして、ほんの僅かな微笑みを視線に乗せると、
「ひとつに戻る」
瞳を閉じて、しっかりとそう呟いた。
何を聞いたのか。我に返るまでに数秒を要した。
「も、ど、る?」
いちいち言葉を区切って魁を伺う。それほどまでに衝撃だった。
「それって……まさか」
血の気が引く。
会ったことある気がしたのも。あたしだけノイズがわかるのも。
そこから出てくる答えなんて。たった――ひとつで。
真実を求めようとした時、 魁の輪郭が一気に溶け出した。ゼリーの黒さが薄まっていく。
「待って……」
魁の中から、切り離されようとしている?
首をぐるりと一周させると、あんなにくっきりしていた水平線までもがぼんやりと朧げになっていて。
改めて魁に向き直り、ゼリーを力任せに叩く。だけど、重なった手は既に遠く離れていた。
「待って! 魁!」
ハートは魁を覚えていた。
ハートが震えて泣いていた。
魁。
ねぇ、あなたもあたしと同じ『ハート』なの?
……あたしの声は届くことなく、意識は再び暗転した。
何か柔らかいものに包まれていた。ざらりとした肌触りが心地よくて、あたしはそれを抱き寄せる。寝転がった足元から、蒸した風が肌を撫でて行った。汗ばんでいるので風を心地よく感じたけれど、違和感を覚えた。
暑い?
慌てて目を開けると視線の先に白が広がった。ただし、目を凝らさなくても純粋な白じゃないことがわかる。アイボリー色の天井だ。
……普通の世界に戻ってきたんだ。
仰向けになったままそう認識すると、雑音が津波のように押し寄せてきた。騒がしい蝉に遠い場所で鳴る車のクラクション。
ゆっくりと意識が目覚めて行く。ぼやけた視界が晴れて、部屋の電気と壁にかけられた時計が目に入る。
知らない天井だった。
「どこ? ここ?」
タオルケットを抱いたまま、体を静かに起こして辺りを見渡した。
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