Long Story

恋の欠片 No.3

「蘇芳が萱をかばったってこと?」
 撫子は足を止めて下唇をさすり、数メートル先にある扉をじっと見つめた。
 開けっ放しの扉は人通りが激しく、時々人とぶつかりそうになるけれど撫子は気にもせず考え込んでいる。迷惑そうな他人の視線が気になり、早くごみを捨てようと声をかけたら、彼女は神妙な顔つきで首を傾げた。
「ねぇ、本当に思い当たらない?」
「どうして?」
「蘇芳の性格からすると、アンタをかばって自分が怪我したとしても、あそこまでヘソ曲げないわね」
 再び歩き出し、あたしたちは校舎から出る。ごみ袋を抱えながら自分の教室を窓越しに見たけど、十六夜はいないらしい。
 確認の視線を投げると撫子は首を大きく振った。
「だから、原因は違うところにあると思う」
「そう言われても」
「ああいうタイプって、ひと知れずストレス抱え込むこと多いわよ。自分そっちのけで相手を優先するのは美談っぽいけど、限度を越すとロクなことがない。あたしは感心しないな」
 貸して、とごみ袋を催促する撫子。腕に怪我を負ったあたしを気遣ってのことだと思う。ありがたくごみ袋を渡すと、彼女はプールにほど近い収集所へ駆けていった。
 一歩夏に近づいた太陽が、雲間から顔を覗かせて水面を照らす。光が乱反射する様子をぼんやり眺めていたら、ふと撫子の言わんとしていることに気づいた。
「もしかして……喧嘩じゃなくても原因はあたしってこと?」
 そう言うと、走って戻ってきた撫子が肩をすくめた。
「憶測だけど、ね。だって萱だけに冷たいじゃない?」
「確かにそうだけど」 
「んで、原因がわかんないのなら、アンタが無意識で何かやらかしたと思ってる。蘇芳もノーを突きつければいいのに、それをやらないからこうなったかな、ってね」
 撫子の言い分から考えると、あたしが無意識で何かやって十六夜がそれを優先し、断らなかった。
 十六夜と過ごした様々な記憶を巡り――撫子の指摘とあまりにもぴったり一致する出来事を思い出して愕然とする。
 はじめて争いの場に遭遇した時、泣き散らしながら自分は関係ないと拒絶した。巻き込むな、十六夜だけで解決しろと、身勝手極まりないわがままを吐いたにも関わらず、十六夜は気にするなと笑いかけてくれた。
 顔中で笑っている顔や微笑み。彼の様々な笑顔が脳内を隅々まで埋め尽くす。次々と浮かんでくるけれど、その笑顔が消える度にあたしの甘えが影として見えた。
 指を唇に押し当てる。カタカタと小刻みに震えていた。
「何か思い出したみたいね」
 遠慮がちな溜め息が聞こえた。
 今起きていることやハートのこと。そして、十六夜は人間じゃないということ。
 知らなければいけない現実に目を背けて、あたしは……。
「どうしよう、十六夜に謝らないと!」
 あたしは十六夜の思いをどれだけ踏みにじったんだろう。しかも、魁と対峙した時……あたしは諦めた。傷を増やしてもハートを守ろうとする十六夜の意思を無視して、何もかも諦めた。
「何があったか知らないけど、早いうちがいいわね。放課後捕まえて謝ったら?」
 最もな提案に、あたしはゆっくり頷いた。謝るチャンスは、多分そこしかないから。


 放課後、怪我を案じる担任に話しかけられ、気がつけば十六夜の姿は教室になかった。撫子への挨拶もそこそこに教室を飛び出し、やっとの思いで彼に追いついたのは校舎を出た直後だった。
 気だるそうに歩く後ろ姿。呼びかけた直後に腕を掴み、人気のない脇道へ無理矢理連れ込んだ。
「痛いな、何するんだ」
 歩いている途中は目を見る勇気がなかった。この抗議の声も背中で聞いていた。けど、ずっと背を向けているわけにいかない。こんな風に十六夜を仕向けたのは、自分。
 悪いのは……自分。
「ごめん。十六夜」
 振り向き、勢い良く頭を下げる。
「今までごめん。あたし十六夜の優しさにずっと甘えてきた。あたしはハート……なんでしょう? 深く関わってるのに、無関係を主張するなんて最低だったよね」
 視界いっぱいに広がる地面。目の端に映る靴は、ぴくりとも動かない。
 しばらく沈黙が続いた。
 痺れを切らして顔を上げると、そこには目を細めた十六夜の姿。
 怠惰や魁にしか向けたことのなかった、本気の怒りがにじみ出ていた。
「こんなところまで連れてきて何言い出すかと思えば」
 十六夜は至って淡々と告げる。滑稽だとでも言いたいのか、鼻で笑って話を続けた。
「普通に生きていくだけなら知る必要もなかった情報を、君は知った。俺たちのコアとなるハート持っている……その理由だけで日常が崩壊したんだ。拒否する理由は十分だろう?」
 冷淡な眼差しに、肩がびくりと跳ねた。足が一歩、ひとりでに後ずさる。
「拒否する権利もあるだろう? 普通の人間なんだから」
 理由? 権利?
 この人は一体、何を言って……。
「じゃあ、どうして怒ってるの?」
 口から出た声が、やけに冷えているのに自分でも気づいた。
 あたしに対する怒りは、諦めたことが原因じゃないっていうこと?
 顔を覗き込むけれど、その瞳はあたしを通してどこか遠くを見つめている。
「どうしてあたしのこと、隣同士なだけって言ったの? どうして包帯見ても何も言ってくれないの?」
「…………」
「何が……気に障ったのよ?」
「別に」
 面倒くさそうにそう言って背を向け、立ち去ろうとする。
 何も話す事はない、と背中が語っていた。
「十六夜!」
 左腕を掴んで引き止めると、十六夜は力いっぱい掴み返しあたしの手を邪険に振りほどいた。
 怒るでも蔑むでもなく、ただ無表情で言う。
「何か勘違いしてないか?」
 手首に指が食い込む。その力の強さに顔をしかめたけれど、力は一向に緩む様子がない。

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