Long Story

恋の欠片 No.8

 土曜日の午後。はじめて襲撃を受けた噴水公園で邪羅さんと待ち合わせをしていた。
 額に手をかざして空を仰ぐと、存在感を増した太陽と目があう。つい先日まで雨が鬱陶しかったのに、季節が移り変わる早さに驚いてしまう。
 この三連休が過ぎれば、待ちわびた終業式が来る。成績表さえ乗り越えれば、あとは楽しみに待っていた夏休み。
 だけど、さすがに今日ばかりは気が重い。これから起こる出来事を想像すると不安ばかりが胸を渦巻く。
 まぁ、気分が沈むのは、邪羅さんが最も会いたくない人を連れてきたからっていう理由もあると思うけどね。
「何で俺が付き合わされなきゃいけないんだ……」
 痛い陽射しを避けるため近くの木陰で暑さをしのいでいると、露骨に嫌そうにしている十六夜を連れて邪羅さんがやってきた。
「過去ハートが反応したのは三回。その全てに遭遇しているんです。十六夜さんが何かしら絡んでいると考えるべきです」
 邪羅さんは、掴んでいた十六夜の腕をあたしに向かって放り投げた。
 バランスを崩した十六夜は危うく倒れそうになった。かろうじて踏み留まると十六夜は邪羅さんに詰め寄る。そして、大きな口を開けたけれど、何故か言葉を続けなかった。
 蝉の鳴き声の隙間から噴水で遊ぶ音が届く。はち切れそうな楽しさが、子供たちをわざわざ目にしなくても伝わってきて、居心地が悪い。
 原因はやはりこの人だ。真正面の横顔に焦点を合わせた。
 頭上の樹から漏れる光が、十六夜の茶髪で反射して眩しい。学校では、この髪を極力視界に入れてこなかったけれど、ここまで近くにいる場合は不可抗力で見てしまう。
「何だよ」
 物珍しいような久しぶりのような気分で観察していたら、不機嫌な声が返ってきた。
「……別に。何でもない」
 ひと言の威力が強い。十六夜は、その声だけであたしの喉をいとも簡単に締めつける。自分の頬が強ばるのを感じて顔を背けた。
 十六夜の暗さは魁が原因かもしれないとわかっている。それなのに、顔を合わせると……どうしても上手くいかない。
 半歩分後ずさって十六夜と距離を置いたら、邪羅さんは目を細めて十六夜をねめつけた。
「十六夜さん……何があったか知りませんが、甘えないで欲しいですね。ハートの調査や回収はあなたの仕事です。ちゃんと務めを果たしてください」
 言われて、不服そうにそっぽを向く十六夜。
 あたしの背後にある樹に体を預け、抜け殻のような目をこちらにやる。その姿を見て、あくまで傍観者でいたいのだと悟った。
「思っていた以上に重症ですね、放っておきましょう」
 観念したのか邪羅さんはかぶりを振って、あたしと向かい合った。青々とした葉擦れの音が素肌を撫でていった時、邪羅さんは今日の目的を語りだした。
「今日の目的は魁とコンタクトを取ることです。萱さん、ハートが反応した時の感覚は覚えていますか」
 一回目は十六夜と出逢った時。二回目は怠惰に襲われた時。三回目は十六夜と喧嘩した時だ。全てに共通しているのは、あたしが何かを拒絶したということ。そして、十六夜が近くにいたということ。
「体の奥で何かが弾けた感じだった」
「では、その感覚を軸にしてみましょう。くすぐったいかもしれませんが、座ってください」
 雑草が茂る地面に腰を落とした邪羅さんに続いて、あたしも座り込む。柔らかい草の感触をむき出しの膝で感じながら次の言葉を待った。
「いいですか、相手とコンタクトを取る方法は二種類あります」
「二種類?」
「相手を呼ぶか、自分が相手に飛び込むか、ということです」
 あたしと自分を交互に指差した。摩訶不思議な世界を本格的に覗きに行くようで、否応無しに胸は高鳴る。
「僕たちはそれぞれ、時間と区切られた空間へ移動する力を持っています。その空間は単体で動くことも可能ですが、複数で動くこともできます」
 複数、とわざわざ言及したことでひとつの光景が脳裏をよぎった。
「もしかして、戦いの空間って」
「その通り。あれは誰かに呼ばれた結果です。僕たちの誰かではないので、恐らく怠惰か魁に引っ張られたのでしょう」
 邪羅さんは親指を立てて、自分の胸を突いた。
「自分の体内に空間があることをイメージしてください。その中に、僕たちの意識が引きずり込まれるんです」
「ハートが反応した時の感覚……何かが弾ける感覚もその空間になるの?」
「いえ、それは恐らくハートそのものの動きでしょう。まぁ、やってみたら感覚の違いがわかりますよ」
 邪羅さんは、あたしの背後にいる人物を気にも留めずに続けた。
「まずは僕を練習台にして、僕をあなたの中……ハートの中へ呼び込んでもらいます」
 そう言って、あたしの届く範囲へ手を差し出してきた。
「僕の手を握ってください」
 手を握るのか。
 撫子の顔が浮かんできて少し躊躇ったけれど、大人しく邪羅さんの手に自分の手を重ねる。
「この感触をしっかり覚えてください。これがあなたの道しるべとなりますから」
 想像していた以上の温もりがしっかりと握り返してきた。
 これが道しるべ。邪羅さんの指や手の弾力を頭に叩き付けて、彼の声に集中する。
「目を閉じて……深呼吸をしてください」
 瞳を閉じる。
 暗闇の中、繋がった手から響く彼の言葉に流されるまま、深呼吸をひとつ。
「萱さんの下には地球があります。地球と繋がっていることをイメージして」
 脚に触れる草の感触。草に混じった土の感触。自分が地球の一部であることを想像しながら次を待つ。
「意識を手に集中させて。音を忘れて」
 うるさいセミも泣き叫ぶ子供も、次第に遠く離れてゆく。
 今のあたしに残された音は、邪羅さんの声だけ。
「僕はこの手の先にいます。繋がっていることを忘れないで」
 繋がっているのは、地球と邪羅さん。他にはない。
「ハートのところで、会いましょう」
「またあとで」
 ふたり、重なった。

しおりを挟む

PageTop