Long Story

真実の欠片 No.10

 十六夜は苦しみを滲ませて剣を弾く。魁は動揺もせず、払われた剣を翻して踏み込んだ。
「おまえは何者なんだ」
「関係ないと言っている」
「ハートを狙ってどうする!」
 十六夜は細い杖で再度受けたけれど、魁の勢いは強い。靴を地面に擦りつけながら、十六夜の体は大きく押された。
「元からハートはオレのものだ」
 抑揚なく言い放ち、魁は剣を引く。
 噛み合っていた力が突然消滅し、十六夜はよろけた。すぐさま体勢を整えたけれど、魁は間合いを取っていて、そこにはいなかった。
「元から? 一体どういうことだ」
「十六夜さん! 怠惰が来ます! 魁は僕が!」
 十六夜が疑問を口にすると、大きな声で邪羅さんが言葉を被せた。
 あたしたちと距離を取った魁の背後――そこには片手を空に掲げた怠惰。長い髪が風もなく舞い上がると同時、魁が姿を消した。
 彼女の手には蛍火のような無数の光が集っていた。日中なのにも関わらず、光は主張を失わない。
 怠惰は厚みのある唇をぺろりと舐めると、躊躇することなくあたしたちに向かって光を投げつける。予測していたのか、十六夜は遥かに上まわる青白い光を生み出し――相殺。炸裂した。
 怠惰は息つく間も与えてくれない。辺りが光で霞んでいるにも関わらず、目をくらませるような赤い光の球を真っ直ぐ解き放った。
「怠惰……一体何を企んでいる」
 十六夜が杖を突き出すと、見えないバリアが怠惰の魔法を弾き返した。だけど、怠惰は動じることなく、生み出した魔法の球を自らの手で引き裂く。力は瞬く間に霧となり散った。
「企むなんて人聞き悪いわね。あなたたちと同じで、私たちも協力しあっているだけ」
 何もない手のひらに、息を吹きかける怠惰。
 吐息はみるみるうちに色づけられ、幾多の宝石が宙に現れる。太陽の光を反射し、自身が持つ美しさを存分に輝かせて上空へ飛び散った。
「私も魁も目的があったの。魁はハート」
 怠惰が手首をひねると、黒光りする鞭が出現した。
 腕を大きく振って鞭をしならせ、あたしたちを脅しかけるように地面に叩きつける。その音に反応するのは、青空に散らばった宝石。模様とみまがうほど空にびっしりと浮き、息づくようにまたたいた。
「私の目的はね、あなたなのよ。叡智」
 空気を斬り、鞭を再び叩きつけた瞬間、宝石が怪しく光った。
 怠惰が薄く笑う。
「私は――あなたを消しにきた」
「はぁ!?」
 宝石の群れが牙を向く。
 ガラスの砕ける音が反響すると同時。怠惰の号令と共に、宝石は落下する。
 光をまき散らす様子は、まるで霰。だけど崩れていく宝石は、怠惰の鞭に従うとうねりをもたらす嵐に化けた。
「頭おかしくなったんじゃないのか!」
 散らばる宝石は、次第に集まり渦となる。個別の意志を持つように、あたしたちに狙いを定めた。
「私はいつだって正気よ」 
「正気なら消そうって発想が出るわけないだろ!」
 迎えるのは正方形のアーチ。吹きつける嵐を真っ向から受け止め、あたしたちを守る。
 豪風に包まれ髪も服も乱れる中、ふたり分の大きさしかないアーチだけでは防ぎきれず、背後に溢れた。
 あたしは嵐に釣られて振り返り、そして絶句した。
 加速する宝石の集団は、広場の入り口へ一直線になだれ込む。その方向は、談笑したまま微動だにしない女性たちの場所とぴったり一致。
 頭から一気に血の気が引いた。
「十六夜止めさせて! このままじゃ街の人が!」
 あたしは大急ぎで十六夜の腕を掴んで、女性たちを指差した。
「あの人たちが嵐に巻き込まれる!」
 慌てるあたしとは対照的に十六夜は取り乱さない。
「他の人たちに影響は出ないから」
 そう、真正面を見据えたまま説明した。
 恐る恐るもう一度振り返る。
 光を乱反射する宝石は、勢いをそのままに人々を飲み込んだ。でも。
「――何も、起こってない」
 あたしは自分の目を疑った。
 距離があるから細かい部分までは確認できないけど、彼女たちは無傷だった。髪や服どころか、手から下げたビニール袋さえピクリとも動かなかった。
 もしかして、彼女たちが動いていないのが理由なのかもしれない。握ったままの十六夜の腕を離すと、彼は肩越しに笑顔を見せた。
「街の人の心配はいらない。それよりも……俺たちのほうがちょっとヤバい」
 あたしと目を合わせたのも僅かな間。しかも、どことなく切羽詰まったものを感じた。
「ようやくわかった? 叡智」
 怠惰が指をパチンと鳴らす。指先に灯った光が瞬時に消え、怠惰を囲む六つの円が地面に描かれた。
「私は本気。本気であなたを――」
 円の中心が動いた。足先からパーツが徐々に組み上げられ、形を成し、現れたのは闇の豹。息も絶え絶えに、怠惰と同じエメラルドの瞳をこちらに向ける。
「――消しにきた」
 ひと言。上気した場を凍らせるのは、たったひと言で十分だった。
 怠惰と豹。双方の瞳は殺意をむき出しにする。言葉に込められたものは、本心に他ならない。

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