Long Story

真実の欠片 No.3

「自分で言う? 普通」
 十六夜は、世間一般で言うイケメンに属する顔立ちをしている。身長もそれなりに高いので、雑誌モデルと並んでも引けを取らないだろう。
 言い寄られると有頂天になるのが女子ってものだと思う。でもこの人の場合、発言全てが冗談に聞こえる。自分で自分を褒めるあたりなおさらだ。優しいけれど損な性格をしている。
「普通かどうかなんてどうでもいいのよっ! それともアタシの隅々まで見てないからそんなこと言えるのかしらっ!」
 十六夜は口を尖らせて、シャツのボタンに手をかけた。
 これはまさか。
「もう、好きなんだからぁ」
 恥じらいを装いながら、呆れるくらいの笑顔でボタンをおもむろに外していった。赤い布地が、Yシャツの隙間から顔を覗かせる。
 ……前言撤回。こいつは損な性格なんて中途半端なもんじゃない。ふざけまくった、ただの馬鹿だ。
 数週間ほど前の悪夢も一緒に振り払うべく、広げっぱなしのノートを咄嗟につかみ、
「脱ぐな!」
 スパーン! と、清々しい音の紙ビンタを炸裂させた。
 はじめて会った時と同じように、教室中の注目を集めることになったけれど、かまうもんか。
 雨が窓を打ちつける音とひそひそとした声が耳に届く。それほど教室が一瞬にして静かになったということだ。
 見たければ見るがいい。反省しないこの男が悪い。
 タイミングが良いことに、十六夜の後ろから登校したての援護部隊が、気配を殺して彼に忍び寄っていた。
 あたしは目配せを一発。彼女は耳にはめたままのイヤホンを引っこ抜き小さく頷く。そして、手にした鞄を大きな背中目がけて振り落とした。
「喧嘩したのを忘れたのかこのドアホ!」
 一撃必殺。明るい髪は跳ね上がり、最後のボタンに取りかかっていた手が宙に浮いた。
「撫子さん。結構鈍い音が聞こえましたけど」
「そりゃそうでしょ。英和辞書が入ってるし」
「知っててやったの?」
「当たり前でしょ」
「……そりゃねぇぜ」
 どこかで聞いたことあるようなセリフを残し、十六夜は無言で沈没した。 

「何て言うか……絶対的な差を見せつけられた気がする」
 撫子は足元に鞄を無造作に置く。金属でも入っているのかゴトリ、という音がした。
 思わず崩れた撫子の鞄を手にする。彼女らしい、余計な飾りつけをしていない鞄は、今日の授業編成に似つかわしくない重量感を放っていた。よくよく見てみると、いびつな形をしている。
「なんでこんなに重いの?」
「ノルマがあるのよ。ノルマ。濡れてなきゃいいんだけど」
 鞄のファスナーを開けると、授業に必要な教科書類がすみに追いやられ、それを上まわる量の漫画がみちっと詰まっているのが見えた。
「英和辞書なんてレベルじゃないんじゃ」
「そうかもねー」
 湿った毛先をハンカチで丁寧に包みながらサラリと流す。うずくまった彼には目もくれず、今度はスカートの水分を取りにかかった。
 ちょっとだけ十六夜が哀れに思ったけれど、本人が悪いだけにあんまり同情する必要はないと判断。途切れた話題を持ち出すことにした。
「……で? 絶対的な差って、何の話?」
 話を聞きながら辺りを見渡す。遠巻きに見ていた人たちは早々と通常モードに戻り、あちこちで談笑していた。きっといつものことと捉えてくれたのだろう。ありがたい。
「昨日教えてくれた人」
 赤茶けた髪と切れ長の目が脳裏をよぎる。
 今更ながら、邪羅さんの佇まいは独特だった。同じ歳であることが未だに信じられないほど、大物の空気が漂うというか。
 彼がこちらを見るだけで、自分が何を考えているか難なく見破られてしまいそうだ。何重に取り繕ったって、あっけなく剥ぎ取って真相に辿り着きそう。初対面なのに、そう思わせる力があった。
「自分で自分のこと賢いって思ってたけど……それがどれだけ生ぬるかったか、昨日思い知ったわ」
「撫子だって、中間テストの結果凄かったじゃん」
「テストなんて力技でどうにでもなるじゃない」
「それは頭のいい人の言い分でしょ」
「基礎がとことんしっかりしてる人とあたしじゃ、雲泥の差よ」
 彼女は親指の爪を噛んだ。悔しいのかと思いきや、形の良い唇は笑っていた。
「自分じゃ理解できても、人に教えるのってどうしても苦手なのよね。その点、邪羅君は凄かった」 
「あの解説には圧倒されたね」
 固い結び目を解くように、こんがらがった知識を土台から叩き直した。何が間違っているかも理解していない人へ教えるのって、相当骨が折れる作業のはず。それをいとも簡単にやってのけた。
 学校の先生が、みんな邪羅さんみたいな人だったらいいのに。本気でそう思った。
「本当に頭いい人っていうのは、ああいう人のことを言うのよ」
「確かにそうかも」
「蘇芳さぁ……あの人どこの高校?」

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